哀、その絶叫
もし存在するなら、神様、お願いです。
私、男性より女性の方が好きです。
メイのそんな願いは手遅れだった。
「いいねぇ、キミ」
オレンジの髪の偉丈夫に手をとられて困惑している最中に懇願されては、神様が存在したとしても、どうすることも出来まい。
「えっと……」
いつもの喫茶店ではなく、大通り沿いにあるカフェのテラスで休日の昼下がりを満喫して居たのに、どうしてこうなったんだろうか。メイは朝から今までを回顧したが、自分に非は無かったはずだと結論づけた。やっぱり神様は私の性別を間違って認識してるんじゃないだろうか。私は男ですよ神様。
「ボクはヒソカっていうんだ……キミは?」
なんだかデジャビュを感じつつ、メイはついつい答えてしまう。
「メイ、です、けど。あの……何か御用でしょうか」
「うん、お茶を一緒にシてもいいかな?」
「いや、えーっと、困ります」
「ウェイトレスさん、ボク、ホットコーヒーね。ブラックで。君は?」
聞きながら、偉丈夫は勝手にクロウの隣に座る。
「だから困りますってば、聞いてないでしょうあなた」
せめて向かいに座れよ、と思うが、口には出せない。なぜ四つ席があるテーブルに座ってしまったんだ。隣のテーブルにすれば、二人掛けだから椅子はテーブルの反対側にしかなかったのに。
「カレにはお代わりを」
「かしこまりました」
「え? あ、ちょっと、勝手に注文しないでくださいよっ」
偉丈夫は勝手にウェイトレスにオーダーを通してしまった。
ウェイトレス、そんな顔を赤くして頷いて走っていくんじゃない!
メイは大声でつっこむ勇気がなく、心の中で大声をあげた。
「あのですね、ナンパなら間に合ってるので、是非ともお引き取り願いたいんですけど」
取り敢えず手をずっと握っている偉丈夫をどうにかしたくて、無い知恵を搾る。
「つれないなぁ。だってキミ、独りデショ?」
「いや、そうじゃなくて。私、男なので、男性にナンパされても困ります」
「うん、キミが男だって、わかってるよ? ちゃんとカレって言ったじゃない」
ニンマリと笑ってそう言われ、逃げ道を塞がれてしまった。よくよく考えれば、メイのことを女だと間違えたのは、生まれてこの方、クロロだけだった。
「えー……っと……」
「イイじゃないか、取って食べたりなんてしないよ」
そう言ってにんまりと口角をあげるヒソカを見て、物理的に食べられそうで怖い、と思った。
逆らえないまま昼食ののちに街の散策につき合わされた。
大通り沿いの服飾雑貨屋、本屋、花屋を見て回って、今は少し大きい公園で屋台のアイスクリームを買って食べている。
学校が終わったのか、子供たちがわいわいと通り始めた。そういえば近くに学校があった気がする。
「あ! 古本屋の!」
子供が一人、メイを見つけて声を上げた。メイが手を振ってやると、子供も大きく手を振って返し、そのまま他の子供たちと消えていった。
「知り合いなのかい?」
ヒソカが意外そうにメイに聞いた。
「ウチの常連ですね。私、古本屋で働いているんです」
古本屋の常連というより、店長のイーサンの常連と言う方が正確かもしれない。よく本を立ち読みしに来て、そのあとイーサンに遊びに連れ出されている。
「古本屋ね……もしかして、ソロウ古書店、かな?」
「あれ、ご存知なんですか? そういうこと興味なさそうですけど」
「まぁ、ボク自身はそんなに興味ないかな。でも、知り合いがよく話に出しているよ」
「ありがたいです」
誰だろう、なんて呟いて、メイはワクワクした。
「その知り合いって、クロロっていうんだけどね」
「……!」
ワクワクした笑顔のまま、メイは固まった。漫画であれば冷汗が頬を伝っているだろう。
「メイ、今日のデート楽しかったよ。クロロに自慢しなくっちゃね」
「えっ、あの、えっと? えっと、ちょっと意味が分からないです」
なんだ? この偉丈夫は何を言い出したんだ?
「えーっと、ヒソカ、は、クロロと、知り合い」
「そうだよ」
「もしかして私だってわかってて話しかけてきました?」
「まぁね」
メイは短く息を吐いて、持っていたアイスをヒソカに投げつけた。アイスを念でぎゅうぎゅうに固めたうえで。
「帰ります。クロロに自慢でもなんでもすればいいじゃないですか。寄ってたかってみんな面白半分で話しかけてくるんですね。
二度とウチに来るな」
怒りを隠さないままメイは吐き捨てて、一瞥すらせずにまっすぐ店に向かった。
サンドバッグを殴りでもしなければ気が収まらない。
そうでもなければ、街中に聞こえるほどの大声で叫びたいくらいに、メイは感情の嵐を感じていた。
一方ヒソカは。
「ククク……オーラの移動もなかなか速くていいじゃないか」
分かってないし懲りてない様子です。
(終)
哀 絶叫 → 哀 scream → アイスクリーム
言いたいことはそれだけです