愛の無知 6



 メイはケータイにより目覚まし通りに起きることに成功させられたので、窓辺で朝日を浴びることにした。
 朝日はどこであろうと容赦無く昇ってくる。朝日独特の冷たい光を浴びて体を覚醒させると、昨日入り損ねた風呂へ向かった。
 風呂といっても、朝はシャワーのみで済ませることにしている。基本的に朝に時間が無いというのもあるが、湯舟にするとだらだらとしてしまうからである。
 顔を洗って寝汗を落として、仕上げに水を軽く浴びて気を引き締める。
 身なりをある程度整えたら、作業へ向かう。

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 作業に没頭して朝食を忘れていることに気付いたのは、昼になってからだった。朝食が必要になったら呼び鈴を鳴らせと言われていたのも忘れていた。
 忘れていた物は仕方ないので、取り敢えず呼び鈴を鳴らす。
「ごはん、部屋で食べたいんですけど」
『すぐにお持ちいたします』
 中断した作業の片付けをしてからリビングに戻ると、ソファーに誰か座っていた。
「え、えーっと。なにかご用でしょうか、イルミ様」
 声を掛けると、窓の外を見ていた視線をメイへうつした。
「ちょっと見てみたくてね。突っ立ってないで座りなよ」
 イルミに促されて、メイはイルミの向かいに座る。
「随分ミルキと仲良くなったみたいだから、どんな奴か気になって」
 なるほど、長男ともなればそのあたりも気にかけるものなのか。幼い頃からイーサンの元にいるメイは、兄弟っていいなぁ、大変そうだけど、と感心した。
「有り難いことに気を許していただけました」
「まぁミルキのことはどうでもいいんだけど」
 感心して損した。こんな手の平を返すような文言を平気でいうのか。お兄ちゃんとはよく解らない生き物だ。それともこのイルミという青年が特殊なのだろうか。
 メイが生返事をしてそんなことを考えていると、イルミが言を続けた。
「君、クロロの恋人なんだって? 彼が特定のこ」
「だ! だれが! なんですって!」
 飲み物を飲んでいたら吹き出してイルミにぶっかけるところであった。それほどに、メイにとっては寝耳に水の一言だった。
「君が、クロロの、恋人。
 え? 違うの? クロロは嬉しそうにのろけていたけれども」
「あー……いや、えっと、まず、イルミ様は、えー……クロロ、と、あの、その、お知り合いで」
 嫌な汗が出ているのを感じながら、しどろもどろと言う。
(クロロと、こここここ恋人だなんて、あああ、ちが、ちが、あわわあわわ、というか、知り合い、え、のろけ、なにそれ、え、え、え、)
「うん、まぁね。仕事を依頼されたりする」
「そ……う、で、すか」
「恋人なの? それとも違うのかな。クロロの一人相撲だったらすごく笑えるね」
「いや、あー、うーん……大切な……友人だと……」
「それ本気で言ってる?」
 友人だと、思っている。唯一の。そもそもメイが日常的に会うのは師匠か隣の中華屋親父で、あとは刹那的邂逅の客だ。
「君、面白いね」
 イルミは立ち上がるとメイの右手をとり、唇を寄せた。
「なん……!」
 手を振りほどこうにも、振りほどけない。
「僕とも仲良くしてほしいな。イーサンによろしく」
 それだけ言うと、イルミはその深い黒髪を少しだけ動かして、いなくなってしまった。
 いや、部屋から出て行っただけだ。メイは固まって動けない。


 程なくして昼食が届くまで、メイは茫然自失していた。
 ぽかん。
 まさにその様である。
 恋人とは、思ってなかった。

 生き返った死人の友人。


 無い物ねだりの幼稚な初恋は殺した。

 恋とは。
 愛とは。


 程なく運ばれてきた昼食は味がわからなかった。


(終)




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意味深な感じで今回のお話はこれにておしまいです。
続くの、か?