環来 001
朝目が覚めて、なんだか体に違和感があるから、ベッドを降りて、机と本棚で隠した部屋の入り口にむかって、階段を下りて、鏡を見に洗面台に、洗面台に……。
えーっと、そもそも足を下ろした先が、記憶の中の数年下敷きにされ続けた安物のカーペットと違う。なんだこれ。
そもそも見える足の太さが明らかに違うぞ。なんだ、なんで寝巻きが真っ黒なんだ。俺はだいたい(認めたくないが)デブだったし寝巻きは灰色のユニクロスウェットパンツと決めている。黒は外出着だ。
「あー」
声、は、同じだ。頭の中で響いている声も、俺の声だ。
呆然としていると、ドアが開いて男が一人入ってきた。髪の毛がつんつんしてて、なんか、オッサンくさい。年齢不詳。
「なんだ、目が覚めたのか? 気分はどうだ、もう体を起こしていて平気なのか?」
声もオッサンだ。よし、オッサン決定。黙っていると、オッサンは心配そうに眉を顰めた。
「どうした、しゃべれないのか?」
「い、いや、大丈夫。多分」
スラックスによれよれの、ちがうな、アイロンの当てられていないシャツ。伸ばしてきた腕が筋肉質であることから、存外オッサンは鍛えているようだ。
「多分ー? あやしいな。どこか変なところがあればすぐに言えよ。まだ医者じゃぁないが、勉強はそれなりにしてる」
「えっと、あのな。あー、鏡を見たいんだが、どこかあるかな」
「洗面台にしかないな。歩けるか?」
「わかった」
座っていたベッドに手をついて、体を起こす。かるい。全身の脂肪とおさらばした気分だ。
「わ」
力のかけ具合を誤ったらしい、ステンと転げてしまった。
「おい、大丈夫か? ほら、俺の腕を使えよ」
「……あぁ」
なんだか悔しいが、俺はオッサンの腕を掴んで、ふらふらと洗面台へ誘導された。
+--+--+--+
わーい。いや、うん。喜んでる場合じゃないんだけどな。俺イケメンじゃね。やばいな…これ、俺でも惚れそう。いいなぁ。
「なんだよニヤニヤして気持ちわりぃな」
「悪いな、今だけはこの幸せにひたらせてくれ」
「ナルシストかよ」
「いや、ちょっと違うんだけど、まぁこの状況だとそんなもんかな」
知らない部屋、知らないオッサン、知らない自分の顔に、体型。ここから先のいやな予感とか、いろいろあるんだが、自分の見事な変身っぷりを見て、少しばかり心がゆるむ。いいだろ、あと10秒でいい。
………。
よし。
俺は意を決して、オッサンの方を向いた。目を見る。
「なぁ、オッサン、俺は何であんたに保護されて、こんなによくしてもらっているんだ?」
「オッサンってあんたなぁ…ま、とりあえず椅子に座ろうか」
これはオッサンの家だろうか。それとも安い宿場?
とりあえず設置してあります、という体のチェアに座らせてもらった。オッサンは向かいのベッドだ。これ以外に座る場所は無い。
「オッサン、あのな」
どう話したものか、と声をかけたら、手を出して話をさえぎられた。
「俺は、レオリオという者だ。オッサンじゃない、まだ十代だ」
……あれ?
「すまない、あまりにも貫禄があったものだから悪気はなかったんだ」
そういえばオッサン臭がしなかったな。
「俺は、メイ。多分22だから、そんなにかわんないだろ。
ところでレオリオくん、俺はいったいどうして君に世話になっているんだ?」
「覚えてないのか? あんた、俺の目の前に木から落ちてきたんだよ」
「…言われてみれば、背中が少し痛い気がする」
「大通りの歩道でそんなことをやられてみろよ、なんかもう人の視線が痛くて痛くて」
「申し訳ありません。ありがとうございます。ついでにさ、もうすこし面倒見てほしいんだけど」
へら、と笑うと、嫌そうな気配を隠すことなく顔をゆがめたレオリオは「嫌だ」と即答した。
「そんなつれない事いうなよ、レオリオからは全然加齢臭しなかったからさ、もう二度とオッサンって呼ばないし」
「そこかよ!」
「俺さー」
「あーあーきこえねー」
耳を塞いで声をだす様子を見て、そっちがその気ならこっちも対抗しようという気になった。
「実はさー」
「あーあーあーあーあー」
「あのねー」
「あぁ! もう! なんだよ、言うならさっさと言え!」
おし、痺れをきらしたぞ。
「なんだ、きいてくれるんじゃん。俺さ、名前以外の起きる前の記憶が一切無いんだけど、ちょっとどうにかしてくんない? 多分、戸籍も無いんだよね」
「あーあーあーあーあー、きかなかったきかなかった、俺は何もきかなかった!」
「聞いてるだろー。頼むよレオリオ、俺、お前しかいないんだ」
押しに弱いのは分かってるんだ。記憶が無い、のはちょっとだけ嘘。どうやって寝たのか分からないだけ。名前はもちろん偽名。俺はしってるぞ、これ、ハンター×ハンターって漫画だろ。三次元になるとこんな普通のオッサ…。いや、もう呼ばないと言ったんだ。たとえ心の中だとしても言わないぞ。
「メイ、おまえなぁ…」
「頼むよ、レオリオ。手を貸してほしい」
今の俺の顔なら、この攻撃が出来る。両手を握って、相手を見つめる。
「いや、だから、あのな……俺は貧乏人だし、医者ですらない」
「でも、お前しかいないんだ」
「落ち着け。いいか、俺は、これからちょいっと試験を受けに行かなきゃなんねーんだ」
「試験?」
首を傾げる。試験。ハンター試験?
「明日の昼には船に乗るんだ」
「それ、俺も一緒に行く」
「ばかいうな、その身一つでいけるようなところじゃねぇよ。お前そもそも無一文じゃないのか?」
「ぐ、えっと、あー、俺なにか金目のものもってなかった?」
これを逃すと俺はこのまま易々と死んでしまうぞ。飲み込みたくないが飲み込んだ現実はこれだ。
俺は目が覚めたら異世界にいて、レオリオに拾われて、ここで置いてけぼりにされると生きていく術のない俺は餓死してしまう。
「自分でポケットくらい探してみろよ」
「そうか!」
あわてて体をペタペタ触る。よく考えてみると、俺もレオリオとよく似たような格好だ。胸ポケットのあるシャツに、黒のコットンパンツ…いや、黒いGパンか。
胸のポケット。空。
右前ポケット。空。
左前ポケット。お、何か入ってる。
「なんか入ってた。指輪だ」
俺は取り出して、レオリオに渡した。
「指輪? なんだそりゃ、お前、ずいぶんな金目のモンじゃねーか。
そういうあんたも似たような指輪してるな。ペアリング……? いや、そうでもないか。」
言われて初めて自分が指輪をしていることに気付いた。ポケットから出てきたやつと似てるけど違う指輪だ。
右手の薬指にはめられている。全く不自由を感じないフィット感。こんな指輪は初めてだ。
「ん? 尻にもなんか入ってる」
意識して初めて気付いた。尻がもぞもぞとしている。ようやく取り出すと、小さな赤い石だった。
「石だ」
「宝石だっつーの。なんだ、どっちかでも売りゃあ、」
「換金所とか、なんか、そういうの知ってる?」
「わかったわかった、連れて行ってやるよ。で、一緒に船にまでは乗せてやる。でも大丈夫か? 体力が必要だぞ」
「それは…自信は無いが、神様が何とかしてくれているに違いない」
神様、えーっと、どんな神様か分からないが、こんな外見にしてくれたんだ。もうすこし何か生きていけるような工夫を俺に施してくれているに違いない。
「カミサマって、ずいぶん適当な話だな」
「だって記憶無いんだから。仕方ないだろ」
なんとかレオリオにくっついていけることになったのだ。こんなチャンス逃してたまるか。
「はぁーー。こんな調子で大丈夫なのかね、こいつはよぉ」
「なんとかなる! 頼むよ、レオリオ。俺にはもうお前しかいないんだ」
「手を握りながらのその寒い台詞やめろ。どっか女引っ掛けてきて言ったほうがゼッタイ効くぞ」
「え、レオリオには効かないのか?」
「効いてほしいか?」
「いや、まぁ、男同士っていうのはちょっと多分俺も経験無いと思うけど。レオリオが…どうしてもっていうなら……俺……」
「やめろ、想像させるな!」
「あはははは、冗談に決まってるだろ」
+--+--+--+
こうしてどうにかこうにか、目が覚めたら漫画の世界の中にきていた俺、メイ=メイ(偽名)(ごめんなさい年齢も5歳鯖読みました)は、レオリオにひっついてハンター試験を受けに行くことになりました。
え、なに、これ続くの? もう一回寝て起きたら元のベッドに戻ってるとかいうこと期待したらだめなの?
あぁ…俺、あの階段延々と走ってあがるのできるかな……
続く。
(次話→)
原作沿い、トリップもの、最強?系主人公で、始めました。ちょっとずつ書いてるんで、末永くお付き合いいただけるとありがたいです。
間違えてたのに気付いたので、修正しました。×中指→〇薬指。(2014.08.31)