初恋を殺して。 3
思い付きにしてはいい案だ。
自分で自分を褒めてみた。
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九月に入っても秋の気配はまだまだしなくて、残暑が続いている。今日もメイはリネンのシャツとカーゴパンツで古書店に向かう。
残暑とは言え、十時から日の落ち切る7時過ぎまで容赦無くギラギラと太陽が照り付けて、舗装された道はオーブンの中のようだ。
子供の頃は、この街もそんなに暑くなかった気がするんだけど。幼い頃は古書店に住んでいたからだろうか。古書店の中は風がよく通り、少し涼しい。
念が変化系や操作系だったらこの暑さをどうにか出来るんじゃないかと思い、具現化系である己の才能を呪うメイ。
「あちー。おはようございますししょー」
店先で鉢植えに水を遣っているイーサンに後ろから声をかける。
「あぁ、おはよう。朝からだらけた声をだしているな。組み手でもするか?」
大きなぞうさんジョウロを手に、イーサンは振り返った。
「師匠、私、平凡な古書店員でいたいんです。夜だけで勘弁してください」
もう何年になるだろうか。念を習得しはじめて以来、メイは毎晩店を閉めてから組み手を一時間はみっちりしごかれている。強くなければ念は使えない! と師匠に脅されているからだった。
「なんじゃい。ハンターライセンス取る気は無いのか?」
「死のリスクを負ってまでなんて、ほしくないです」
「つまらんなぁ……お前にハンターになってもらって老後はお前に養ってもらうつもりだったのに」
口を尖らせるイーサン。うわ、かわいくない。思わず口にでそうになったのを何とか留めることに成功するメイ。
「師匠、生涯現役、とか、言わないんですか?」
「お前がその調子じゃ、言うしか無いな」
「じゃぁ、現役で居てもらう為にも、私はこの調子で行きますんで」
笑って、扉をくぐる。今日の仕事がはじまった。
その後ろ姿を見送りつつ、イーサンは肩を竦める。
「ライセンスは取っておいたほうがあとあと楽なんだがなぁ……」
老後を養ってもらう夢は諦めていないらしい。
「オレも最近鈍りがちじゃし、ちょいと一緒に走ることにするか」
可愛い弟子の露骨に嫌がる顔を想像してニマニマする師匠であった。
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メイは、虫干しの本をめくりながら、ぼんやりと自分の念能力の行き着く先を考えていた。念の篭められた本を修理するには、小手先の技術だけではダメだろう。
だが、自分に何が出来るだろうか。
目利きの為の凝と身を守るための円だけ修業してきた。メイにあるのは具現化系の素質。
漫画や冒険小説などを学校帰りの子供達が立ち読みしている。こんな時はぼんやりと本をめくりながら子供達を見ているに限る。尤も、何かあれば自分よりも古書店を覆っている円で師匠が察するだろうが。
いいなぁ。本。
そうだ、私も念で本を作ろうか。あいつみたいに。それは面白そうだぞ。修理関係ないけど。
「あの世で自慢してやる。私の方が上手く本を作れるって」
「もう一年だぞ」
「ぎゃ!」
急に後ろから声をかけられて、メイは変な悲鳴をあげてしまった。
「何をそんなに驚いてるんだ、メイ。店の奥に居るのはオレだけだぞ」
「し、しょ、う……誰だって急に後ろから話し掛けられれば、驚くと思います」
「ふん……ぼんやりしてるからだ。今夜から、一緒に走るぞ」
腕を組んで、渋い顔でイーサンはそう言った。
「へ……?」
「俺も走る。お前も走る。組み手もやる。お前はやはり、もう少し鍛えにゃならんぞ」
朝は思い付きだったが、イーサンは今、確信した。こいつは鍛えなければならないと。
「師匠……?」
不満と不安が入り混じった顔でイーサンを見上げるメイ。
「五感を鍛えて研ぎ澄まさなけりゃ、本の言うことを全部汲み取ることは出来ない。いいな、メイ」
ぽむぽむと頭をたたいて、イーサンは子供の輪へ混ざりに行く。
「おまえらー! 立ち読みばっかじゃなくてたまには買えー!」
「わぁー! イーサンだー!」
「きゃー! てんちょーあそんでー!」
古書店の店主にしては大柄で筋肉質のイーサンは子供からの支持が絶大である。
「はっはっは、本も良いが体を使って遊ぶのも大事だぞ。さぁちびっ子ども、読書の次はドッジボールでもやるか」
店先に転がっていたボールを取ると、子供が腰に飛び付いた。
「それきのうもやったよ!」
「きょうはカンケリがいい!」
「そうかそうか。じゃぁ空き地に行くか」
イーサンがそう宣言すると、子供達から歓声が上がる。
数えて見れば子供は四人。そもそもドッジボールにはちょっと人数が少ないんじゃないですかね。メイはぼそっと呟いた。子供達の声でイーサンには届かなかったようだ。
「お前達、五時までだからな。こら! あんまり走るんじゃない!」
きゃあきゃあいう子供にそう言うが、聞いては居ないようだ。
「メイ、店番頼んだぞ。気を抜くな」
円を用いて店番しろ、という念押しである。修業の一つとして行われている。
「はい、師匠。ギックリ腰にならないように気をつけてくださいね」
二人の会話を聞いた耳聡い子が唇を尖らせてメイを見る。
「えー、メイはこないのー?」
「店番だよ。私は、また今度、ね」
「またこんど、っていつもそういうじゃないかぁ」
あ、ばれてた。メイはそう思いながらも、いつものように笑って手を振り、送り出す。
「いってらっしゃい。早くしないとイーサンに置いてかれちゃうよ」
「わ! ほんとだ! みんな待ってー!」
最後の子が走って店を出て行って、イーサンの気配が店から無くなるのを感じる。
「さて、店番という名の修業でも始めますかね」
メイが一人で店番をするときはイーサンと同じように円で警備をするのだ。裏口、二階、奥の作業場、店舗部分。
ゆっくりと自己が広がっていく。
師匠の居ない間に、さっきの思い付きを実行しよう。先ずは紙からだ。
メイは決心して、虫干し途中の本をさっさと仕舞うと、額に皺を寄せながらウンウンと唸りはじめた。
「とぉ!」
手に集めた念が紙に変化した。薄くて白くてつるつるの、一言でいえばコピー用紙だ。端がぎざぎざで作りが甘いが。
「できた。私、意外と才能あったのかも」
本好きもこのレベルになればあっぱれとしか言いようが無い。
続く
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え? 全然具現化系と変化系に見えないって? HAHAHA……申し訳ありません、能力設定が後付なんです。
それにしても、あの性格テストすごいですよね。いろんなもののキャラメイクにかなり有用です。さすがです。