環来 003
「売れなかったし、これはレオリオにあげよう」
一通りの買い物を済ませてレオリオの宿へ戻ると、俺はそう切り出した。
これとは、指輪である。
「いらねぇ。お前、それ売れなくてホッとしてただろ。大事に持っておけって」
「あー。うん。まぁそうだけどさ。これからもよろしくってことで」
真正面から心を見透かされて恥ずかしかったが、笑ってごまかした。
「なんだよ気持ち悪いな、今日会ったばっかりだっつーのに」
眉をひそめてそう言われるが、俺にとってはそんな浅い仲じゃない。今までも知っていたしレオリオの未来も少しだけ知っているのだ。
「だって、俺にはレオリオしかいないんだよ?
レオリオは記憶の無い俺にこんなに尽くしてくれるのに、俺の感謝の気持ちを表すには俺の持っているものはあまりにも少ないじゃないか」
真顔でそう伝えると、レオリオは、う、と唸って顔を背けた。
「そっ、う、いう、問題じゃないだろ」
「なんだよ、恥ずかしがるなよなー」
からかうのが楽しくなってきて、俺は(恐らくレオリオは知らないであろう)曲を口ずさみながらレオリオの左手をとる。
「ちゃちゃちゃちゃーん(→)、ちゃちゃちゃちゃーん(→)ちゃちゃちゃちゃん(↑)、ちゃちゃちゃちゃん(→)、ちゃちゃちゃちゃん(↑)、ちゃちゃちゃちゃん(→)」
そう、結婚行進曲だ。矢印は音程を現しているので是非御一緒に。
「やめろなんだそれ変な曲歌うなよ!」
「いい曲だろ? はい、レオリオ」
すっと左手の薬指に嵌めてやった。自分の指輪は右手にあるし、そんなに似てないし(そもそも色が違う)、要らぬ誤解を受けることはないだろう、俺は。
「すごいじゃないか、ぴったりだ! では、誓いのキスを」
「しねぇ! っつーか俺にその気は無いっ! それよりメイ、どういうことだ!」
「誰かに指輪嵌めてあげるって言ったら左の薬指じゃない? 全男子憧れの。まぁレオリオは男だけど」
俺は笑ってそう言うと、先にさっさとシャワーを浴びることにした。一緒に泊めてくれる上に風呂も使わせてくれるらしい。追い出されなくてよかった。
服と一緒に指輪を外そうと思ったら抜けなかった。
「なんで?」
理由がわからず、俺は指輪をじっくりと見た。嵌めていても違和感や不快感が無かった所為で、今日起きてからの半日で、指輪を精査するのは初めてだ。
乳白色でなめらかな手触りの体に、細かな細工、五つの円状模様がある。三つの中心は虚のように暗い。二つは、淡い光のような色の模様がある。
(これ、いつ嵌められたのかもわかんないんだけど)
(嵌められたということは外すことも出来るはずなんだけど)
気付いた二つの事象を小さく声に出すと、それがやけに恐ろしい出来事のように思えてきて、俺はさっさと浴室へ入った。
あぁ、畜生、元の俺とは(些細なところに面影はあるようだが)月とスッポンレベルのこの体が、とても、美しい。ナルシストの気持ちがわかる。ふぅ……。
……ん?
…………うん、よし、落ち着け俺。むしろ鎮まれ俺。
ちょっとこれは流石に高次元すぎるぞ。
+--+ +--+ +--+
宿はビジネスホテルのシングルルームようなもので、シングルベッドとちょっと坐り心地の良い椅子と、大きな鏡のついたテーブルしかない。レオリオにはベッドで寝てもらい、俺は椅子と机で寝ることにした。
そこまではよかったのだが、うまく眠れず、意識を手放したり覚醒したりを繰り返していた。
やっと長い間眠れているような時に、レオリオに起こされた。
「おいメイ、そろそろ起きろ」
「んん、おは……ん……」
「起きてないぞ。早くしねぇと船が出ちまうだろーが」
レオリオが俺の肩を掴んで揺さ振ってくる。
「うぅぅぅ、わかった、起きるってば、うん……」
俺はのっそりと体を起こし、少しぼーっとしていたが、慌てて自分の体を検分した。
俺の髪と違う少し細い毛髪、顎の下に弛みは無いし、腹も贅肉が無い。足も細いし、つまり、俺はデブじゃない。
目が覚めても、寝る前と同じ。
夢じゃなかったんだ。
「どうしたんだお前、急に」
「いや、なんか、ホントに俺の体なのかなとか。なんとか。昨日と特に変わり無くてよかった」
「なんだそりゃ」
レオリオは呆れ声だが、俺にとっては重要なことだ。それと同時にひとつ判ったのは、これは寝ても覚めても続く現実だってことだな。
昨日買った分しかない荷物を鞄にまとめなおして、俺はレオリオと宿を出た。
管理している老婆が訝しげな目で見てきたから、投げキッスしてトンズラしてた。追い掛けて来なかったから逃走は成功したようだ。
「なんだありゃ、おめーはばあさんでもイける口か?」
「勘弁してくれよ、そこまで悟って無い。なんだろ、保険?」
「投げキッスが保険って、メイ、自分をなんだと思ってるんだよ」
「けっこうなイケメン」
「おまっ……!」
俺が即答すると、レオリオは青筋を浮かべながら言葉を詰まらせた。
「レオリオ、落ち着いてくれよ。いや、レオリオは決してキャーキャー言われるタイプじゃ無いけど、いい男だと思うぞ」
そうだ。レオリオは精悍で男臭い顔をしているから、優しくて中性的な所謂イケメンの範囲に入らないだけだ。
「なんだそりゃ。フォローか? フォローなのか?」
あぁだめだ、いじけモードに入ってる。
「違う、本心だよ。レオリオは学校に親衛隊が出来るタイプじゃなくて、純情な文学少女のストーカーが出来るタイプ、あと、女教師にちゃっかりチョコ貰えるタイプ」
「ますます解らん。チョコレート?」
「いや、えーっと、なんだろ。そんなかんじ。優しくて頼りがいのあるいいおに……んん、いい男だよ」
いいお兄さん、だと、女性から異性の目で見られてないっていう意味だからな。細やかな俺の配慮っていう。
「メイ、お前今何を飲み込んだんだ」
「なにも? レオリオ、お前はいい男だよ! 自信もって!」
「なんだ、おい、どういう意味だ、おい!」
「そのままの意味だって言ってるだろー! あ、ほら、大きい船見えてきた、あれかな?」
栄えているとは言えただの港町だ。大通りの突き当たりはすぐに港となっている。
「出港まで時間あるな。メイよ、どうする?」
「え、あー、どうしよう? なにも考えてなかった……」
そもそも此処はどこで何時なんだろうか。レオリオはどこから船に乗って、いつクラピカ(とゴン)にあうんだろう。あれ、ゴンってクジラ島から船までどうやって乗ったんだっけ?
レオリオが単独行動で今から船に乗るっていうことは、あの船ってことなんだろうけど。そのために酔い止め買ったし。これが漫画なのかアニメなのかにも寄るだろ、展開的に。
(漫画を見たことは覚えてる。粗筋も覚えてる。よし)
指輪の事やレオリオの前に落ちる直前の事を覚えていないから、少しばかり心配だった。
「朝と昼と一緒にどっかで食べない? もう十時だし」
港の広場に掲げられた大きな時計を見ながら俺がそう提案すると、レオリオは快諾した。
「じゃー腹拵えといくかぁ!」
これで食べてる間にクラピカやゴンを見なければ漫画だ。
続く。
(←前話) (次話→)
アニメは古いほう(ヒソカは高橋さんじゃないといやだ派)