環来 004



 港町。ハンター試験の船に乗る前の最後の食事かもしれない。これが人生最期の食事じゃなければいいんだが……
「じゃー腹拵えといくかぁ!」
 これで食べてる間にクラピカやゴンを見なければ漫画だ。


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 大通りの両端には様々な店舗が並んでいるが、小洒落た店が多い。そんな店に入るのに男二人で入ってたまるか、というのは二人の一致した意見。
 港のそばまで着てみると、漁師向けの大衆食堂があらわれた。
「ここにするか。値段も手頃だ」
 店の入口の外に置いてある看板を見ながらレオリオがそういった。
「ん、いいよ」
 メニューの読めない俺はそのまま承諾した。
 店内はがやがやとしているが、うまそうなにおいにつつまれている。これは当たりだぞ。
 空いてる席を見付けたので座る。
「どれもうまそうだなー! おいメイ、どれにするよ」
「レオリオ、俺読めないよ。なんかいい感じの選んでくれよ」
「おっと、そうだったな。大体が魚介類だな」
「うーん、そうか……貝と甲殻類は嫌な予感がするんだ、魚か……肉は無いのか肉は」
 何を隠そう、俺は貝と海老が嫌いでな。アレルギーではないんだが……こう……嫌いなんだよ! それ以上の理由はない!
「おまえ、港町になんつーもんを期待するんだよ。定番の定食で刺身とか煮魚、焼き魚……お、ハムカツならあるぞ」
「ミートボール無いのか……じゃぁ刺身定食とハムカツ単品で」
「はいよ。んじゃ注文するぜ」
 あとはレオリオに任せた。
 注文を取りに来たおばちゃんから視線を感じるが、無視。この体になって初めてわかったが、見知らぬ全くの他人から視線がとんでくるのって結構面倒臭いんだな。キモヲタピザの時には想像もしなかったぜ。ずっと羨ましかったんだけどな。
「レオリオ、受験票書かせてくれよ」
「あぁ、そうだったな。っていうか、かけるのか?」
「書けないけど、書かないと受けれないんだろ?」
「そうだ。
 メイ、本当に受験するのか? 何が起こるかわからないぜ。最悪死ぬかもしれない」
「記憶が無く文字すら読めないのに、おまえと別れて生きて行けるなんて思わないよ」
「ちっと俺を買い被りすぎている気がするけどな」
 あれ、これ照れ隠しじゃなくて本気で俺を心配されてるアレだぞ。
「レオリオは本当に持ってる男だ。見抜けない奴らが節穴なのさ。
 さぁ、どんなことを書いたら良いのか教えてくれ!」
 急かすと、レオリオはかばんの中からB6くらいの紙を一枚出してくれた。それと筆記用具。ボールペンのようだ。
「名前だけで良い。未成年じゃ無いなら保護者の承認は要らないしな」
 そんな簡単なものだったのか。ん? そういえば、キルアは保護者の承認もらっ……たわけないか。どうやったんだろう。
「わかった。レオリオ、どんな文字を書けば良いのかわからないから教えてくれ」
「お前本当に受験やめておいた方が良いんじゃないのか?」
「いいから!」
 机に設置してあるペーパーナプキンをとって、見本を書いてくれと渡す。
 諦めて渋々名前を書いてくれる。
メイ……メイ……あー、メイのファミリーネームってなんだったっけ」
「え? なんだったっけ」
 どうしよう、本当に覚えてないぞ。
「おいおい、お前さん、ついに自分の名前まで忘れたのか?!」
「だって、目が覚めてから宝石店で一度しか使ってないじゃないか。忘れちゃったよ。メイだけでいいよもうめんどくさい」
「お前なぁ……別に名前だけでも受けられるからいいけどな」
 ほらよ、と渡された紙を見ながら、自分でもペーパーナプキンに練習してみる。
「おいメイ、そこはそっちから書くんじゃねぇよ、ほら変な形になっただろ」
「んー? こう、か。こうか。むずかしい。いつでも見れるように絵本に名前書いておいてもらえばよかったな」
「お前それじゃほんとに幼児だろ!」
 こんな絵みたいな文字大変だって。おぼえられん。
「よし、かけた!」
「まぁ…よめるからいいんじゃないか?」
 レオリオのお墨付きももらったし、あとはこれを提出して船に乗るだけだ。
 程なくしてやってきた定食は、ご飯と刺身と刺身醤油のセットじゃなくて、バゲットと刺身とスパイスの効いた濃いドレッシングのようなものだった。思ってたのと違うけど、すげーおいしかった。


続く。




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これで前置きは終了です。短いけど、今回はここまで。