環来 005
「やっほーい!」
俺はこれからの苦難の旅を乗り切るために、わざと高いテンションを用いて船に乗り込んだ。船長に睨まれたのでめんどくさくなってウィンクしたら、鼻で笑われた。男には効かないかぁ。
「いいねー、船旅だよ!」
「あー、わかったわかった。なんだよ、さっきまであんなにソワソワしてたくせに」
レオリオは俺を見て呆れている。そろそろ慣れたか、俺に。
「やっぱ直前って緊張するじゃん? あと、船旅って初めてだし」
言い切って、あ、と思い出して、付け加える。
「たぶん」
「メイ、何か思い出したか?」
やっぱり覚えてたね。そう、俺は記憶喪失ってことにしておいたんだった。忘れてた。
「文字に全く覚えが無いっていうのだけは確信したぞ」
「数字しか読めねぇって、どこの秘境出身だよってレベルだぜ、ホントによぉー。しかもお前覚える気無いだろ」
「あはは」
半眼で睨まれるが笑って返しておいた。申し訳ないが、まぁ、ハンゾウに換算表貰えないかな、程度にしか考えてない。喋るのに不自由しない分、どうも文字への執着は薄いようだ。
「他には、なんだろう、魚より肉の方が好きだけど、割りと保守的みたいだ」
「なんだそりゃ。魚より肉っつーのは、さっきの食事見てたらわかるけどよ。お前記憶喪失のくせに色んな単語は忘れてないんだな」
「あ、そういえば。物の名前もだいたい出て来るしな」
レオリオとあーだこーだいいながら船室に入ると、むさ苦しい空間だった。
「俺、外で過ごそうかな」
本心だ。一切の潤いも花も無い。クラピカいねぇ。人が疎らなのが救いか。
「お前が外で寝ると確実に海に落ちるぞ」
「そ、そこまで寝相悪くねぇし! もういい、俺は壁に寄り添って寝る! それなら落ちないだろ! レオリオのばーか!」
いくらなんでも酷いだろ!
空いてる壁を見付けて滑り込む。鞄から酔い止め薬と水を出して服薬すると、目を閉じた。筋肉質のむさっ苦しい男達など、見なければ居ないも同然だ。
+--+ +--+ +--+
「ぐえ」
何かに押し潰されて、俺は目が覚めた。
薄暗い船室の中、ぶら下げられているライトがぐるんぐるんとまわっていた。
「ゲロ臭ぇ」
押し潰してきていたのは、大男だった。意識を失っている。そんな俺も誰かを下敷きにしている。どんな揺れ方をしたんだこの船は。下敷きにしている男も意識を失っているようだ。
寝ていたからか、薬が効いているのか。それとも、そのあたりも適当にカミサマが乗り物酔い体質を消しておいてくれたか。
カミサマに期待しすぎるのは良くないな。薬が効いてるからってことにしよう。
下敷きの方の男が腕時計をしていることに気付いたので覗き込むと、乗船時刻から随分経っている。
「やべ、船長の面接もう終わっちまったかな」
男達を押し退けて立ち上がる。立ち籠めるゲロ臭はトイレからだった。
こんな劣悪な環境には居たくないので、甲板に出ることにしよう。雨と潮にまみれるかもしれないが、まぁ、マシだということにしよう。押し潰されて以降、大きな揺れも無い。動くなら今がチャンスだ。
室内を見回すと、ハンモックがさがっている。が、人はいない。
「おい、お前もこの船から出るなら今のうちだぞ!」
キョロキョロしていると、口をタオルで押さえている男が声をかけてきた。
「なんのこと?」
「さっきまでの嵐の倍以上の嵐の中につっこむってよ! こんなの命がいくつあってもたらねーよ! 早くしないとボートでちまうぜ」
「なるほど。俺は行かないよ」
「あんた正気か?! じゃぁ勝手にしろよ!」
親切心で声をかけてくれたんだろうが、ここで降りては台無しだ。
まだ船長の面接が始まってないことも確定したし、船上が穏やかなうちにあたりを見回しておくか。
扉を見つけて部屋の外に出て、廊下を抜けて甲板に出ると、逃げ出す救命ボートが見えた。おーおー。大変だなありゃ。近くに島なんて見えないけど辿り着けるんかな。
少しばかりぼんやりしていると、船内放送がかかる。
『船に残った奴ぁ客室に集まれ』
呼び戻された。あんまり見て回る時間無かったなぁ。
「あ、レオリオ! 良かったみつか……」
船長がこっちをにらんできた。遅刻して先生に怒られたみたいになったじゃん。勘弁して……。
「結局、客で残ったのはこの4人か。名を聞こう」
船長が重々しく聞く。
「オレはレオリオという者だ」
「オレはゴン!」
「私の名はクラピカ」
「俺は、メイ、です」
よし、流れに乗ってタイミングを逃さず言えたぞ!
「お前ら、なぜハンターになりたんだ?」
「? おい、えらそーに聞くもんじゃねーぜ。面接官でもあるまいし」
レオリオが食って掛かる。こらこら。
「いいから答えろ」
ほら、つっけんどんな返事しか返ってこないだろ。
「何だと?」
険悪な雰囲気は良くないぞー。
そんなレオリオの隣で、ゴンが勢いよく手を上げる。
「オレは親父が魅せられた仕事がどんなものかやってみたくなったんだ」
「おい待てガキ!! 勝手に答えるんじゃねーぜ、協調性のねー奴だな」
「いいじゃん、理由を話すくらい」
これが後ろめたいことや秘密にしたいことがない奴の強みだよなぁ。という俺は静観を決め込んでいる。口を出さない方が安全。
「いーやダメだね。
オレはイヤなことは決闘してでもやらねェ」
「私もレオリオに同感だな」
お、クラピカがやっと口を開いたぞ。
「おい、お前、年いくつだ。人を呼び捨てにしてんじゃねーぞ」
「もっともらしいウソをついていやな質問を回避するのはたやすい。
しかし偽証は強欲と等しくもっとも恥ずべき行為だと私は考える」
安定のスルー。レオリオはま後ろでまだわめいているが、クラピカは気にも留めていない。
「かといって初対面の人間の前で正直に告白するには、私の志望理由は私の内面に深くかかわりすぎている。
したがって、この場で質問に答えることはできない」
この船長が面接官だってわかんなかったら、そりゃあこういう答えになるよなぁ。
「ほーーぉ、そうかい。
それじゃお前らも今すぐこの船から降りな」
「何だと?」
声を出したのはレオリオだった。
「まだわからねーのか? すでにハンター資格試験は始まってるんだよ」
少し大きな波が来て、船がギィィと鳴いた。次の嵐が来るのか。
「知ってのとおり、ハンター資格をとりたい奴らは星の数いる。そいつらを全部審査できる程、試験官に人的余裕も時間もねェ。
そこで、オレ達みたいなのが雇われて、ハンター志望者をふるいにかけるのさ。
すでにお前ら以外の乗客は、脱落者として審査委員会に報告している。別のルートから審査会場に行っても門前払いってわけだ。
お前らが本試験を受けれるかどうかはオレ様の気分次第ってことだ。細心の注意を払ってオレの質問に答えな」
空気が重い。
クラピカは意を決して、口を開く。
「私は。
クルタ族の生き残りだ」
船長が驚いて目を見開く。
「4年前、私の同胞を皆殺しにした盗賊グループ、幻影旅団を捕まえるためにハンターを志望している」
「賞金首狩り志望か!」
船長は手に持っていた酒瓶に口をつける。
「幻影旅団はA級首だぜ。熟練のハンターでもうかつに手を出せねェ。
ムダ死にすることになるぜ」
「死はまったく怖くない」
船長の脅しに屈しない。強い怒りを含んだ声だ。
「一番恐れるのは、この怒りがやがて風化してしまわないか、ということだ」
これがクラピカの本物の決意だ。やけどしそうなほどの熱意。
船長は納得したように黙った。
「要は仇討ちか。わざわざハンターにならなくたって出来るじゃねーか」
「この世でもっとも愚かな質問の一つだな、レオリオ。
ハンター出なければ入れない場所、聞けない情報、出来ない行動というものが、キミの脳みそに入りきらないほどあるのだよ」
レオリオはくっ…と押し黙った。クラピカよ、それは普通の人間にはわからない話ってもんじゃねーのか? 志望しておいて知らないってのもどうかと思うけどさ。
「おい、お前は? レオリオ」
船長はまた酒瓶をちびちびしながらそういった。
「オレか? あんたの顔色を伺って答えるなんてまっぴらだから正直に言うぜ。
金さ!! 金さえありゃ何でも手に入るからな。でかい家!! いい車!! うまい酒!!」
やすっぽい話だが、彼はその延長で医者への切符を得るつもりだからな。すごいよなレオリオ。
「品性は金で買えないよ、レオリオ」
クラピカ、俺もそう思う。
しかし、そのクラピカの言葉に、レオリオは切れた。
「3度目だぜ」
呼び捨てにした回数だ。
「表へ出な、クラピカ。うす汚ねェクルタ族のとかの血を絶やしてやるぜ」
その言葉で、今度はクラピカが切れる。
「とり消せ、レオリオ」
「『レオリオさん』だ。
来な」
「望むところだ」
あー。決闘だ。これは決闘だぞ。
二人とも出て行っちゃった。
「おい、こら、お前ら! まだオレの話が終わってねーぞ! オレの試験を受けねー気か、コラ!」
焦る船長を横目に、冷静なゴン。
「放っておこうよ」
やけに大人びた声に聞こえる。
「な」
「『その人を知りたければ、その人が何に対して怒りを感じるかを知れ』
ミトおばさんが教えてくれた、オレの好きな言葉なんだ。
オレには二人が怒ってる理由はとても大切なことだと思えるんだ。止めない方がいいよ」
「う…む」
船長は帽子を直して、それから俺に向かって振り向いた。
「二人は出て行ってしまったが、まだ面接は終わっちゃいねぇ。お前の志望動機を教えてもらおうか」
「あ、やっぱ続けるんですね」
「当たり前だ」
さてどうしたものかな、と思う。
「隠すようなことじゃないし、言うけど。レオリオが受けるから、ついてきたんです。彼のそばを離れるわけにはいかない制約があって」
「それで命を落とすかもしれない危険な試験を受けに来たっていうのか」
「離れ離れになっても死にます。なら、俺はレオリオのそばで精一杯あがきます。動機は不純ですが、覚悟は本物ですよ」
そういうと、船長は鼻で笑った。
「自分で言うもんじゃねーぞ」
と、そこで船員の一人が入ってくる。
「船長!! 予想以上に風が巻いてます!!」
「!!」
船長は出て行き、ゴンもついていく。あの時がきたか。俺も役に立たないと落とされちまう。
船室から無事そうな布を集めて抱えて出る。
「カッツォ!!」
船員が一人海に向かって吹っ飛んでったぞ! 急げ!
レオリオが飛び出し、クラピカが後を追う。届かない、その二人の間に、ゴンが、飛び出す!
そのさまを見ながら、俺も走って行く。
「大丈夫か! ロープをよこせ!!」
「先にケガ人を早く!!」
「とりあえずこれでくるんで、頭を打ってるから安静に中まで抱えていくんだ!」
「よくやったボウス!」
「ボウズ!! 礼をいうぞ!」
わいわいとしている。俺は船員を抱えるのを手伝い、中へ入る。
ドサクサで俺も合格させてくれー。この雰囲気だと大丈夫そうだけど。
船のゆれがおさまってきた。嵐も抜けたか?
とりあえず、一番初めの難関、突破。いやー、これはきつい。
続く。
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メイは漫画に載っているところはなるべく影響ないようにすり抜けようとしてます。うまくいくかな?