環来 008
「ステーキ定食、弱火でじっくり」
街を散々歩いた後、ようやくたどり着いた定食屋。
キリコは三人の驚きを楽しみながらそう注文し、早々と帰ってしまった。
俺達は無愛想なおやっさんに奥へと言われる。
揃って奥へ……と思ったが、食事の前に催してしまい、
「わり、トイレ」
俺は一言だけ断って別の店員にトイレの在りかを尋ねた。
「店の入口そばだよ!」
おばちゃんに言われていそいそと向かう。結構歩いたからなぁ。運動をすると催すのは仕方ない。きれいだけどきたない絶妙な定食屋のトイレですっきりして出たら、単身のおやっさんと目があった。
「あれ、レオリオ達もう降りたんですか」
「あんた、ほんとにトイレだったのか。受験する気あるのか?」
「あるよ! えええ、次いつ時降りれるの?」
置いていくとかレオリオの薄情者! なんだかソワソワするから早く合流したいんd
「お前、なんでそんなことを?」
「は? え? だって結構降りるだろ、エレベー……あぁ、えーっと」
おやっさんの目がこわい。なになに、カンニングとかいって受験させてもらえな……困る。説得するしかない。
「おやっさんは試験官の一人だろうから正直に言うよ。俺は『見える』んだ」
意味深に右手(の指輪)を見せながらそう言った。ねねね念使えるだ! 念だぞ! 念! 嘘だけど!
「ふん……ただの腰巾着じゃないってことか。安心しろ、もう一基ある。ついてこい」
「マジで! ありがとうおやっさん、これで離れ離れにならなくて済むわ!」
渋々といった風だが、おやっさんはまた店の奥へ方向転換した。俺は急いでその背を追う。奥の部屋は扉が二つあった。エレベータは二基あったんだ! すごいな、これ相当金かかるんだろうなぁ。協会持ちで工事してくれるのかな。
「ゆっくり食いながら降りるんだな。最期の晩餐かもしれないんだ」
「あ、俺レア苦手だからウェルダンでお願いします」
「……勝手に焼いて食え!」
あ、おやっさん捨て台詞吐いて出てっちゃった。
直ぐにさっきのおばちゃんが定食を持ってきた。
「おいしそー!」
「自慢の肉だからね! 精つけてきばりなよ!」
ばちーんと俺の背を叩く。痛いよ!
「ありがとう、おばちゃん。頑張れる気がしてきた」
割と本気でそう思いながら笑うと、おばちゃんも笑っていた。この世界もおばちゃんはやっぱりおばちゃんなんだな。
「じゃあね」
「はーい」
おばちゃんが部屋を出て扉を閉めると、ずずず、と部屋が振動した。降りはじめたようだ。
俺はのんびりステーキを焼きながらサラダを食べる。おいしいなぁ。
+--+ +--+ +--+
食べ終わって満腹感にささやかな幸せを感じていると、ちょっとした加速度変化を感じた。どうやら着いたらしい。
チーンと音がして前面の壁が開いた。
「ついたかー」
俺はもう一度口を拭って部屋の外へ向かう。
「おお」
ざわざわと男臭さが充満している開けたホールに、俺は思わず声をだした。ギラギラした雰囲気が、友人のいた男子高を思い出させる。
「あなたは406番ですね」
「へ?」
急に下から声をかけられて驚いて足元を見ると、胸元くらいの高さの男が俺に丸い板を突き出していた。
「えーっと、受付ですか?」
「はい、そうです。406番。あなたの受験番号です」
「ありがとうございます、メイです。よろしくお願いします」
この人の名前なんだったかな……このビーンズな頭にちなんだ名前だった気がするけど思い出せない。まぁ、あんまり変なこと言ってさっきみたいになるのは面倒だしいいか。
軽く手を振って豆人(あ、なんだか正解に近付いた気がする)(けど思い出せない)と別れ、俺はレオリオを探すことにした。早く合流したい。
ソワソワする右手を握り締めながら辺りを見回していると、ちっさいオッサンが近寄ってきた。さっきの豆人と同じくらいのサイズか?
「よぉ、あんた、ルーキーだろ」
あぁ、トンパか。すげぇ胡散臭いオッサンだな。
「ルーキー?」
「新人ってことだよ! 俺はトンパってんだ。常連なんだぜ」
意外とそのまんまだ。すごいなこいつ。
「へぇ……毎年落ちてるってことかな」
「おっと、なかなかキツいこと言ってくれるじゃねーか。まぁ、ハンターになるもの結構大変なんだよ」
ふーん、よく言うぜ。受かる気ないだろ。適当にあしらって別れようとしたら、
「まぁまぁ、まだ時間はあるんだ。ほら、オチカヅキの印にジュースでも」
やたら印象深い缶ジュースを差し出されるが、俺はネタを知ってるからなぁ。よし、ちょっとおちょくって遊ぼうか。
「ふぅん……」
考えたフリをして、俺はそっと顔を近付ける。
「それ、トンパさんが口移しで飲ませてくれるんなら飲んでやっても……」
わざと掠れた低い声をだして耳元で、げ、オッサンくせぇ!!
「な、な、」
うわ、トンパ顔赤くしてやがんのキモ!
「ムリ! あんた加齢臭臭すぎ!! 鼻が曲がるわ、今の話は無かったことに!」
「お、俺のこと馬鹿にしてんのか!」
さっきとは違う意味で顔を赤くして叫ぶトンパの奥に、俺はやっと知った顔を見付けた。っていうかこっち見てる。眉間にシワ入ってる。
「メイ! お前ってやつは! 性別も見境無しか!」
俺が口を開ける前にめっちゃ怒鳴られた。
「見境くらいあるよ! 酷いなレオリオ! 現にこのオッサンは無理だ。ほら、オッサン、どっかいけ。下剤入りのジュースなんて誰が飲むかよ」
しっしっ、と手で追い払って、俺はレオリオの傍へ寄る。
「あー、なんだかほっとした。レオリオもう俺からはぐれるなよ?」
「馬鹿言え、勝手にどっかいったのはお前じゃねーか」
「そうだぞメイ。降りてこれて良かったものの」
レオリオの後ろから出てきたのはクラピカだ。その後ろから、ゴン。
「ステーキおいしかったね!」
あぁ、ゴン、君の純粋な感想が有り難い。
「おう、いい肉だったなー。あれがエレベータの中でさえなければ追加を頼むところだったぜ」
「あはは、居ないメイの分もだされたから、俺が食べちゃった」
「えー! ずるいぞゴン!」
「おいこら説教は終わってないぞメイ! 話をそらすな!」
レオリオはまだ怒ってるのか。説教って……。
「レオリオ、そんなに怒るとあとで大変だぞ? ハンターを志す者、常にれいせ……ん?」
なんだか妙な気配を感じて視線を動かすと、
《ぎゃあああああああああ!!》
その先から絶叫が聞こえてきた。やばい、なにこれ、すげぇ、体の奥を掴まれた感じがする。熱い。
それからすぐに、俺は水色の髪を見付けた。
「なに、あれ……すげぇいい男」
背中がぞくりとした。冷や汗じゃない、熱い、そうだ、あの気配に俺は欲情してる。ファールカップの下の俺自身がヤバいことになってる。
「なんだあいつ……」
レオリオは恐怖心丸出しでそう呟いた。そうだ、それが普通の反応だ。あれは殺気だったに違いない。
「あいつは試験番号44番、ヒソカだ」
声の元を見ると、トンパがまだ居た。
「去年に続いて二度目の受験だな。アイツはヤバい……近付かないほうが良い」
聞いても無い情報をペラペラと喋りやがる。あー、なんか萎えてきた……。ある意味助かったか……。
それからトンパはイルミ、いや、ギタラクルだのなんだのの説明をぺらぺら喋っていたが、俺は殆ど聞いていなかった。
(二次元より三次元の方がエロいってどういうことだよヒソカ……)
もう一度ヒソカの方を見ると、イ……ギタラクルとなにやら話しているところであっ
(げ、目があっ)
ヒソカに手をふられた。なんだあれやばい顔熱いあのイケメンまじ……!
どんなリアクションをするのも怖くて、俺はへらっとわらって手をふり返しておいた。KOEEEEEEEEE!!!!!
「おいメイ、なにやってんだよお前」
レオリオの声に我に返る。
「はっ、あっ、えー、いやぁ可愛い子がいて」
なんとなくごまかしておいた。
「お前の可愛いは当てになるようでならないからなー! 今度はちゃんと女なんだろうな?!」
「レオリオ、ちゃんと、とはなんだ! 私はどこから見ても男だろう! レオリオもメイもそんなことばかり考えているのか?!」
レオリオの発言にクラピカが噛み付く。
「さてはレオリオ、俺と同じことをどこかでやったな?」
「うるせー!」
「あはははははは」
笑っていると、ブザーが鳴り響く。
「試験開始、か」
ざわつく空気が一気に静まる。
生死をかけた試験の始まりだ。
続く。
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ヒソカはイケメンだから仕方ない。仕方ないんです。決してヒソカが好きすぎて贔屓してるとかじゃないんです。
事実だから仕方ないんです。ハァハァ