環来 009



 やけに届いてくる声が地下のホールに響き渡る。大声ではないはずなのに声が届いてくる。
「では、これより、ハンター試験開始いたします」

 集団がゆっくりと動き出した。サトツさんが歩きはじめたんだろう。
「じゃ、レオリオ。おまえの事信じてるからな。またあとで」
 俺は真っ先にレオリオに別れを告げてどこかの集団に紛れ込むことにした。
「おいまてメイどうするつもりだ」
 失敗した。レオリオが俺の腕を掴んでいる。
「なんだよ、どうやって試験官についていこうが俺の勝手じゃないか。好きなペースでついて行かせろよ」
「俺に散々離れるなとか言っておきながらお前から離れるなんて怪しい! 何か企んでるんじゃないのか!」
 全員ゆっくり歩きだしながら、そんな引き止め方をされた。
「確かにレオリオと離れるのは怖いさ? なんか妙にそわそわするしな。だが、人には乗り越えなければならない試練があるというものだ」
「なんだそりゃ」
「俺は自分がどれだけ走れるかすら覚えて無いんだ。一人で走りたい」
 俺を掴んでいるレオリオの腕に手を重ねて離してもらいながら、俺は正直に言う。嘘を言っても仕方ない。
「走る?」
「覚えて無い?」
 クラピカとゴンが同時に反応した。
 あっ、やっちまった……。クラピカは聡いな。話題を逸らさないと怪しまれる!
「そうなんだよ、ゴン! じつは俺、船に乗る前日にレオリオに会う、それより前の記憶が無いんだ。
 だから、自分の体力もよくわからない。あと、文字も読めない」
「会ったんじゃなくて俺の目の前に落ちてきたんだけどな!」
 よし、ツッコミ体質のレオリオが乗ってきた。
「目が覚めた時はベッドの上で……それより前の記憶が無い。だから、一人で自分の体力を確認したいんだ。ここから先、ずっとレオリオと一緒に居られるわけじゃ無いだろう?」
 クラピカはまだ疑惑の目で俺を見ているが、俺はレオリオさえ納得してくれればそれでいい。クラピカに信用を得られるほどの男だとは、自分の事を思っていない。
「そりゃ、おまえ、そうだけどよ」
 心配してくれているんだなぁ。
「目指す場所も方向も一緒だし、いざとなればすぐに合流できるさ。移動している間は、お前に嵌めた指輪の外し方でも考えておくよ。それじゃ女を引っ掛け辛いもんな」
「おいそういう論点じゃ」
「頼むよ、一次試験の間だけで良いから」
 俺が畳み掛けると、レオリオは唸りながら頭を掻いた。
「あーーー、そうだな、俺はお前の保護者でもなんでもねぇ! 勝手に行け!」
「ありがとう、レオリオ! 大好きだぜ! んじゃ、またあとでな!」
 レオリオが了承したあと誰にも口を挟ませないようにまくしたてて俺は三人と別れた。
 人を掻き分けて少し離れる。まだ大丈夫。そもそもどんだけ心配でも、別にあいつらに問題はない。俺が心配するようなことなんてないんだ。



 四百人超の集団の中では、見た目のどんな個性も埋没してしまう。目を離したら、レオリオ達はわから無くなってしまった。そのうち後ろの方で雄叫びが聞こえるだろう。
 水色の髪の偉丈夫も、釘だらけ(の猫目美人)も見当たらない。先頭の方にいるのだろうか。
 走り出してすぐに、俺の体は目が覚める前の怠惰な体とは段違いの体力であることがわかった。呼吸の仕方も筋肉の動かし方も、俺の記憶とは関係なく体が会得しているようだ。
 体が軽い。基礎体力は完璧だろう。良い体にしてくれたものだな、神様も。いるかどうか興味ないけど。明日筋肉痛、とかいうオチは要らないから頼むよ神様。あー、でも、体力落ちないようにある程度自分でも努力しなきゃイケないんだろうなぁ……そんなことが出来てりゃデブになってねーっつの。
 あ、よく似た三人組が見える。あれが爬虫類三兄弟か。
 階段になってきたな。やっぱりあんまり離れたくないな……なんなんだよこの焦燥感。くそ、なにか原因があるんじゃないのか。刷り込みか? もう少し具体的な理由がほしいな……どのくらい離れたら変な気持ちになるんだろうな。
 それよりも指輪だ指輪。まさか外れないとはなー。念か。念だろうなぁ。そうなると俺には手を出せないし、それをだれかに言うことも出来ないな。
 外さないと不都合なことってなんかあるかな……レオリオがナンパ出来ないくらいじゃね? 面倒だしもういいかなぁ……。
 やることないし走るだけって、体力さえあれば暇なんだな。景色も地上に出るまでかわんねーし。
 そろそろパソヲタのぼっちゃんは脱落しただろうか。漫画だとどうも時間の経過がわからないからなぁ。
 昼の12時に二次試験会場にたどり着くのだから、そんなにはかからないだろう。周囲の人口密度も減ってきた。集団が伸びてきているな。というか、俺が遅れはじめてる? ぽつぽつと抜かれたりしてるようだな。
 特に疲れてる感じはしない……こんだけ走ってて息が上がらないとか、この体どうなってるんだ。疲れじゃないとすると、無意識に走るスピードをコントロールしているのか。レオリオと離れないため? そんな馬鹿な。
 あぁ、もう、やめだ、やめ!
 一人で考えても答えは出ない。諦めよう。
 漫画の様子と照らし合わせる限り、俺には充分にハンター試験を乗り越えられる体力はある。取り敢えずはそれだけだ。念だって、俺が使えるわけじゃない。
 取り敢えず遅れなきゃ良いんだし、と俺は思考を切り替えて、ぼんやり走ることにした。
 ここはついて行けば良いだけだからな。


 昼食(豚の丸焼きと握り寿司)について考えを巡らせていると、誰かにぶつかった。
「へごっ! ご、ごめんなさい」
「あー?! ふざけんなてめぇ殺されてぇのか!」
「わわわ、無益な殺生はよしたまえ俺はおいしくないぞ!」
「誰が食うか!」
「たたた食べないんならいいじゃないか、ほら、無益な殺生はよくない。よくないぞ。な!」
「ケッ、気をつけろコノヤロー」
 モブですらこの荒くれ者。レオリオがいい人過ぎて忘れてたけど、やっぱ怖いなこの世界!
 あぁ神様、お願いですから、後生は平和に暮らさせてください。
 まだやりかけのゲームがあるから帰りたいんだけど、帰ったらキモヲタブサメンピザだしな……親父とか仕事とかどうなってんだろ。
 戻れたら当然解雇済みだろうし家も何も彼も失ってるんだろうな……行方不明→死亡扱い、かな……じゃぁこの世界にいた方がいいのかな……。
 うぐぅ、なんか湿っぽい気分になってきた。こんなんじゃすぐに死んじまう。それだけは嫌だ!
 鬱気分を断ち切って、俯いていた顔を上げると、もう出口だった。
 以外と短かったんじゃん! ラッキー。
 湿っぽい気分は本当に空気が湿っぽい所為だったということにして、俺は辺りを見回した。既に結構な人数が居るが、後ろからも沢山人が上がってきている気配がある。順位としては真ん中辺りか。
 とにかく、ヒソカとサトツさん、サルの直線上には居たくない。巻き込まれるのは御免だ。けど、サルの出所がわからん……待つしかないか。ヒソカもどこにいるのかわからない。
 俺はソワソワと辺りを見回しながら待った。湿度の高い空気が纏わり付くのが気持ち悪い。
 長くは待たない時間の後に、サトツさんが声を発した。口が開いたかどうかはよくわからない。いや、あるはずだけどさ、口。
「ヌメーレ湿原。通称、詐欺師の塒。二次試験会場へはここを通って行かねばなりません」
 周りがざわついている。まだ走るのか……という雰囲気だ。
 ウィィン……と、後方から機械の作動音がした。粗方の人間と同じ様に俺も振り向くと、出口のシャッターが降り出した音だった。なんとかたどり着きそうな奴も居たが、ガシャンとシャッターは閉まってしまった。容赦ない。これがハンター試験、なんだな。
「だまされることのないよう、注意深く、しっかりと私のあとをついて来て下さい」
「ウソだ! そいつはウソをついている!!」
 お、来たか。
「そいつはニセ者だ!! 試験官じゃない……オレが本当の試験官だ!!」
 なるほどな。こんなの初めて言われたら疑ってしまうな、本当に。ん? これポジション的に後ろからとんでk

シュッ!

 いいいいいまマジ真横通ったぞ風感じたあぶねぇぇぇぇぇぇ!
「くっくっ……なるほどなるほど。これで決定。そっちが本物だね」
 うひょー、勘弁してくださいよ……。
 風を感じた右頬を触ってみるが、なんともない。よかった、ほんとうによかった。
 ん? サトツさん四枚もってる? もしかして頬だけじゃなくてどっか擦ってないか? 大丈夫か?
 ズボン良し、鞄も切れてない、服も大丈夫だ。あぁ良かった。
 これから悪路を走るわけだし、背負う形に変えておこう。存外にフィット感が良い。良いものを買ったなぁ。
 そうこうしているうちにサトツさんとヒソカのやりとりは終わったらしい、また集団が動き出す。
 湿原の中、走る道は少しぬかるんでいるのようだ。走る足が滑らないようにしないといけないし、これはかなり体力を奪われるぞ……。しかしトラップに引っ掛からないことを祈って走りつづけるしかない。
 しばらくすると、景色が白ばんできた。霧だ。
「レオリオー! クラピカー! メイー! キルアが前に来た方がいいってさー!」
 おぉ、俺の名前も呼んでくれるのか。でもその前に、お兄さんにもキルア君のことを紹介してくれるかな? ははは。
 にしても元気だなぁゴンは。レオリオがやり返してる。まぁ、そりゃそうだろ。
 俺はどちらも見ずに、集団の流れに従って走りつづけた。


続く。




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メイは自分にはゴンのような主人公補正は無いと考えているので、出来るだけ無難に危険に巻き込まれずに試験を突破したい、ということですね。
さて、そんなに甘くいくかな?