環来 010
「レオリオー! クラピカー! メイー! キルアが前に来た方がいいってさー!」
ゴンとレオリオがやりあってるが俺はどちらも見ずに、集団の流れに従って走りつづけた。
そんなに時間があいていないうちに、後方の離れたところから悲鳴が聞こえてきた。はぐれた奴らだろう。
わりとサトツさんに近いここらあたりでは悲鳴を聞かないし、危害が加えられる様子もない。サトツさんが避けているのだろうか?
それにしてもどうやって避けてるんだろう、なんかそーいう念の使い方があったような気がする。話の中で滅多にでてこな
ドクン
なんだ? 右手が熱い。
指輪が熱い!
なんだこれは、行かなければ、危ない、どこだ、レオリオ、まて、体が熱い、
「あー! くそっ!!」
俺は堪らず声をだして、くるりと方向転換した。
熱い。体から力が漲っているように!
力いっぱい走る。息はあがらない、しかし常人とは思えない速さだ! どこへかはわからないが、だが、どこへ向かってるのかわかる。
レオリオだ。
違う。
指輪だ。指輪が呼んでいる。
野性の動物たちがどこにいるのか感じられる。そうだ、思い出した、これは「円」だ。
邪魔な木は「硬」をした手で弾き飛ばして真っ直ぐに走る。
すべてが体に染み付いている。扱うことに雑念が必要無い。
これが、念、か!
指輪が引き合っているのを感じる。もう少しだ。
甘い殺意の予感が感じられる。ヒソカが近い。しかしこれはもう戦い終わったあとなのか? あの時のようなエロさは感じない。
指輪。近い。目の前だ。枝をむしり取る。枝をオーラで堅めて、投げる。思いっ切り。
さすがに当たっては無いか。
投げた方向から、殺気が飛んでくる。肌がざわざわする。体が熱くなる。ヒソカだ。
見えた、人影だ、あれは、指輪の持ち主は無事か!
「でぁぁぁぁぁぁ!」
力を右腕に集中させて、全力で殴り掛かる。
ドォォォン……
渾身の一撃は虚しく大地をえぐった。辺りの草が焦げている。
攻撃がくる気配はない。俺は拳を地から離して立ち上がった。
「キミも仲間を助けに来たのかい?」
俺の攻撃を軽々と避けたであろうヒソカが、声をかけてきた。
レオリオを担いでいる。ゴンのくだりは終わったあとか。
「少し違う。指輪の持ち主だけだ」
「指輪?」
「あんたが担いでる男は指輪を嵌めている。そいつが無事なら他はどうでもいい」
言葉にするとすんなり理解が出来た。レオリオが心配なんじゃなくて、指輪を嵌めた相手が心配なんだ。冷静になれば、レオリオは無事だしこのままヒソカに二次会場まで持って行ってもらえるんだから、心配することなんて何も無い。
しかしそれでも念を使ってまでして走って来なければならなかったのは、レオリオに嵌めた指輪が発したエマージェンシーを感知したからだ。
「君みたいな色男が血相を変えて走ってくるくらいだからなにかと思えば。彼は無事だよ、合格だしね」
「判ってる。だが確認させてほしい。そうでなければ俺の指輪が納得しない」
まだ指輪は熱いままだ。
「クックック……いいよ、ほら」
ヒソカがレオリオを肩から降ろした。
俺は無言で近付き、レオリオが息をしていること、脈があることを確認した。
それからレオリオに嵌めた指輪を確認する。疵一つ無いままだ。指輪同士を接触させると、指輪の熱さがおさまっていった。
「はぁ……なんだよこの指輪めんどくさい」
「おや、それはキミの趣味じゃなかったのかい?」
ヒソカが意外そうな声でそう言った。
「その指輪、念具だろう? キミの意志かと思ったんだけどね」
「彼にはちょっとした恩があってね。謝礼のつもりでからかい半分で嵌めたら外れなくなったんだよ」
「外したいのかい?」
「そうだな。これじゃレオリオから離れられない。束縛してるようなもんじゃ無いか。こんなことになるとは思ってなかった。
それに、レオリオは左の薬指だろ? ナンパが残念なことにしかならなさそうだし」
素直な感想を言うと、ヒソカはまた笑った。笑っている内に用件を済ましてしまおう。
「ヒソ……あぁ、いや、44番さん。レオリオをそのまま持って行ってくれないか?」
「どういうことだい?」
「俺にはこいつを抱えて走っていくなんてちょっと荷が重い。後ろから追っかけてくるちみっこと合流して二次試験会場へ向かう」
頼む、すんなりと聞き入れてくれ……!
「なんだか話が見えないなぁ。それにキミの都合ばかりだ。対価として何かくれるのかい?」
だめだったー!
「金は、無い。殺されることと戦うことじゃなければ、なにかできるかもしれない」
「つまらないなぁ。それじゃ取引は出来ない」
「こんな俺と戦ってヒ、44番さんが満足するとも思えない。俺が持っている財産は、鞄の中身と俺の指輪とレオリオの指輪だけだ。他には何も無い。44番さん、どうやったらレオリオを持って行ってくれるんだ?」
レオリオを持って行ってくれないとゴンが二次試験会場に辿り着けない。俺も一緒にここで迷って死ぬことになる。というか、話が変わる。
「キミ、試験開始前にボクと目が合った時に手を振ってきてたよね」
「え? う、うん? あれ先に手を振ってきたのは44番さんの方だと思うんだけど」
「ボクの名前を知ってるのに頑なに呼ばないし」
変に関わると命に危険があるからだ、とは言えなかった。
ジロジロと全身を隈なく見定められる。ヒソカの視線に粘度があるように感じられて、居心地が悪い。
「44番さん、」
堪らず声を掛けたが、続く言葉が出て来ない。
「ソレ、どうも面白くないなぁ。その声で名前を呼んでくれよ」
神妙な声だった。
「ヒソカ、さん」
目の前にいる男を、呼び捨てる勇気はなかった。戻れない何かがあるような気がして。
ヒソカは満足したのか、なんなのか、よくわからないが、小さく息を吐いた。近くないのに、それがわかった。
「キミの名前は?」
「……メイだ」
「メイ、いいだろう、今回はこれで前金としておくよ。
キミが念を自分で操れるようになるのが楽しみだ」
ヒソカはクックッと笑いながらレオリオを担ぎ直して、木々の奥へと消えていった。
「なんなんだ、ありゃ……っていうか、前金ってなんだよ……」
俺はヒソカの去っていった方を呆然と眺めていた。
そのうち来るであろうゴンとクラピカを待ちながら。
続く。
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難産だった割に出来上がったら文章量が思ったより少なくてちょっと肩を落としています。