環来 013
スシを作るためにはこの魚たちを捌かねばならない。
理論上捌き方は知ってる。理論上。
理論上。つまり、自分でやったことは無い、ってこと。
うーーむ。えっと、鰓を開いて包丁をぶち込んで、頭を落とすんだっけ?
はらわたはどうやって出すんだったかな。
いやまて、一番初めに鱗をそいでおかないと。
「よし」
声に出して意を決して、ぐったりしてもう動かない魚をまな板の上に置き、包丁の背を当てた。
ゴリゴリゴリ……
鱗がめっちゃ飛び散る! 顔に当たる! 痛い!
しかしこれも試れ……ゴミ袋とか無いのかな。痛いのを無理に我慢することないよな。
わずかな間で鱗まみれになった両手を洗って、流しの下を漁る。
隣の四人はまだ考えているみたいだが、そのうち何か思いついて持っていくだろう。
あ、新聞紙とかあるじゃん。母親が新聞紙広げてはらわたを出していたのを思い出した。あとで使おう。
袋だってば。えーっと。あった。ゴミ袋っぽいけどなんでもいいや。ありがたいことに透明だ。
袋に魚を入れて、その中で鱗を取る。手は相変わらず飛んできて痛いけど、まぁいいか。
ゴリゴリゴリゴリ……
両面しっかり鱗をそぎ落とし、一通りの満足感を得た。
包丁も両腕も、魚も、鱗の破片まみれである。水で洗っておこう。
そこで、敗戦したレオリオがとぼとぼと帰ってきた。
「レオリオ、おつかれさん」
「おう……メイ、お前はどんなものか思いついてるのか?」
「まずは食べられる状態に持っていってから考えることにしたよ」
「そんなに呑気で大丈夫か?」
「ははは、なんとかなるんじゃない?」
笑ってごまかす。どうせ合格者はここでは出ないんだ、作って間に合えばもっていこう。
それにしても気になる点がある。半蔵の真後ろとかに並んで尋ねることができないだろうか。
正解の形は知ってるんだ、チャンスくらいどうにかなるだろう。
そのためにもこの魚からどうにかして切り身を取り出さなければ。
捌き方がうろ覚えで記憶が全く役に立たなかったんだから、しかたない。てきとーにやるか。
新聞紙をまな板の上に敷く。これ、あれだよね、魚臭いのがまな板に着かないようにってだけだった気がする。
とりあえず頭を落として、よいしょ。結構硬い。
はらわたをだすのだから、おなかを切らなければ、腹の真ん中へんだろうとおもわれるところを、頭からしっぽまでちょっとだけ刃先を食い込ませる程度に切れ目を入れる。
あ、なんか歯触りがかわった。ここが内臓か? ちょっと慎重に……ああああなんかめっちゃ出てきたし魚臭い、うげぇ……。もういいや、とりあえずしっぽまで切っておいて、中からはらわたをこそぎだす。
なんというか、もう、さかなくさい。ここを耐えればあとは……何とかなるはずだから…………。
泣きそうになりながらなんとかはらわたを取り出すことに成功。
次はこれを開いてブロックを取り出すだけだ。
ある程度の大きさがあるやつを獲ってきておいてよかった。
今更だけど、頭を落とすのははじめじゃなくてはらわたを出した後だった気がしてきた。時すでに遅し。貴様にはおとなしくお寿司になってもらおうか。
三枚におろす正しい方法とか、もうどうでもいいや。頭とはらわたが乗っている新聞紙を流しにおろす。魚をまな板の上に置きなおす。よし、ちょっとそれっぽくなってきたぞ。
腹側はちょっとしか切ってないから、同じところにまた刃を入れて、ずずず、と切る。骨に当たってる感じがする。まぐれでうまく骨と身が分離したのかも。
中をのぞいてみると、切れ目の下の方にうっすらと骨が見える。こりゃ分厚い三枚目になりそうだな。
背中側を手前にもってきて、背びれの上側に包丁を差し込む。これで何とかなるはず。
なんとか片身一枚を切り出したぞ。残りはおいておいて、皮をはごう。うまくはがれますように、と祈って、端っこをもってビッと引っ張った。
……。成功。成功でいい。めんどくさいから成功ってことにしとく。
取り出してみると、意外と普通の魚に見える。いいぞ。ここから先はやったことある作業、な気がする。
俺よく考えたら鮭と鮪と鰤の、しかも刺身用のブロックしか切ったことない。
テレビ見て技術を習得した気分になっとくのは危ないなぁ。もう遅いけど。
魚は引き切りなんだ。ちょっと包丁が短い気がするけど、気にしない気にしない。
塊の真ん中あたりから二三枚切り出して、一枚練習してみる。手を濡らして酢飯を一握り分とって、左手の中でそれっぽい楕円にして、その上に切り身を載せて、ぎゅっぎゅっ。テレビで見ていた寿司職人の動作を真似てみる。
「うーん、ぽいっちゃー、ぽい、よな」
念のためにもう一度作る。見た目は、っぽい。ぽいんだけど、まぁ、いいか。どうせ不合格だ。
二貫をそのまま小皿に載せて、並ぶことにした。
「行ってくるわ」
「やっとかよ! 行って来い!」
レオリオに声を掛けると、にぎやかに送り出されてしまった。
並んでみると、半蔵の真後ろとはいかなかったが、一人、二人、うん、半蔵の後ろ三人目のようだ。
どうせ前の奴らなんか半蔵が罵られてる間にいなくなるだろ。聞く時間、あるかな。
さらに数人前でクラピカが403番並み、と言われて茫然自失で席に戻って行っていた。かわいそうに…レオリオより随分ましだと思うぜ。ゴンと同じ形だったけどな。
あ、投げられた皿を見て前の人が引き返して行った。似てたのかよ!
半蔵が自信満々に皿を出したぞ。ここからしばらくメンチのターンだ。
俺はそれを右から左に聞き流しながら、その高説が終わるのを待っていた。予想通り、並んでいた奴らは俺以外全員走って席に戻り、半蔵の言っていた形の物体を作りに戻って行った。
「さあ、次の挑戦者いらっしゃい!」
「俺だ」
ほかの奴らに割り込まれないように、大きめの声で宣言して一歩前に出た。
「あんた、ずっと後ろで立ってたじゃない。相当自信あるのね」
「自信はあんまないけどさ。その前に確認したいことがあるんだ、メンチさん」
「なによ! それより早く出しなさいよ、ちょっと」
メンチはイライラしてるのが丸判りだ。
「まぁまぁ、44番さんの殺気はちょっと忘れてよ。メンチさんが美食ハンターだからこそ聞きたいんだよ」
プライドをちょっと刺激してやればその気に……わーーーお、お姉さん目から殺気がでてますよーーーー。
「いいじゃない、そこまで言うなら聞いてあげるわよ。変なこと言ったら速攻でぶっ飛ばす」
ブラハ氏が助けてくれることを祈ろう。
「メンチさん、初めにさ、課題を何『個』作ってきてもいいって言ったじゃん。あれ本気?」
「はぁ? 再挑戦くらい認めてあげるわよ、試験なんだし」
あ、これ俺の質問の意図が通じてないやつだ。
「そっちじゃなくてさ。寿司って、単位、個じゃなくて貫だろ。わざとかなって思ったんだけど、もしかして本kぎょあああああああまってまってまってこれが俺の提出作ですぎょおおおおおおおお」
包丁じゃなかったけど拳とんできたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!
「逃げるな! こら! 406番! 試験官になめた口ききやがって!」
「うひょーーーーーごめんなさいーーーーー」
走って席まで戻り、メンチの視線から逃げるためにしゃがみ込んだ。
「メンチ、いいから採点の続きだってば」
「うるさい! あいつも知ってたんでしょ! ゆるさない!」
げ、メンチの機嫌がさらに悪くなっちまった。
周りの視線が痛い。なんてことしてくれるんだという視線が痛い!!
いいだろ! どうせここじゃ誰も合格しないんだ!
酢飯とはいえご飯があるんだ、飯にしよう。ステーキ以来食べてない。おかずがほしい。
いくら魚があるとはいえ、淡水魚を生で食べる気にはならないな。
「外で火をおこすか」
豚の丸焼きの要領でキャンプファイヤーすればいいんだ。
試験はほったらかして、俺は一人で外に出る。
木の上のサトツさんに見られてる気がするが、いいや。そのうちみんな出てくるし。
近くの木から枝を強奪して、草の生えていないところに陣地を構える。
誰もいない席から新聞紙を抜き出して、細い枝をよく洗って包丁で先をとがらせる。これを串にして、焼こう。
寿司をこぞって提出してる喧噪を再び抜け出して、俺は外で魚を焼きだした。
「試験を受けないんですか?」
突如声を掛けられて、俺はびっくりして振り返った。サトツさんがいた。
「あー、えっと。今俺がメンチに近寄ったら次こそ殴り殺されますよ。さっき怒らせたところなんで」
そう言うと、疑いの視線に変わった。もうちょっと言い訳しておくか。
「彼女、味で決めるとか言い出したから、多分すぐにおなかがいっぱいになって合格者ゼロですよ。彼女のお眼鏡にかなう料理が作れるやつなんて、ここにはいないでしょ?」
「ふむ……まぁ、そういわれればそうですね」
俺はサトツさんから、焼いている魚へ視線を戻した。焦げすぎると困る。
「試験内容に命を懸けてもいいけど、そんな試験外のことで命を落とすとか、大怪我するとか、ちょっと理にかなってないし、ほとぼり冷めるまで外にいますよ。俺は昼飯が食べたくて抜けてきたんです」
焼いている魚に追加で塩を振って、火に潜らす。
「サトツさんもたべますか? 淡水魚はやっぱり焼いてから食べたいですよね」
「いえ、ご遠慮しておきます。審査員が受験者にたかるという構図はさすがにまずいですからね」
「そうですか? 体裁を保つのも大変ですね。
俺、魚焼けたんで、そろそろ食べに戻ります。うかうかしてると食べる時間が無くなるので、これで」
「はい」
燃えてる火を消すには水がいるがもってきてないから、焼けた魚だけ持って、中に入った。
食べた後、酢飯の入ってたおひつに水を入れて消しに行けばいいよな。
続く。
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魚のさばき方が適当で申し訳ありません。自分でやるときは事前に調べてからやろっと……