環来 014



「悪!! おなかいっぱいになっちった」
 俺が会場から帰ってきた時に聞こえた言葉が、それだった。
 あーあ。だから言わんこっちゃない。
 会場が騒然としてるが、無視して後方の空いてる席へ行き、焼き魚と酢飯を食べた。
 魚の身をほぐして酢飯に混ぜて食べるとかなりうまい。海苔もあったので、それで巻いて食べて手巻き寿司までしっかり味わって、それから外の火がそのままだったことを思い出した。
 おひつを(隣のおひつに中身を全部突っ込むことで)空けて水を汲み、外の焚火を消しに行く。
 視線を感じたが、これも無視。ヒソカの殺気もずっと漂ってるけど、メンチ挑発するためのものみたいで、一次試験の直前の時のような感じがしない。その所為で俺もピリピリしてるけど、ほかのことしてれば気にならない。
 外に出ると、火は弱いながらもまだ残っていた。
 そういえば、風があまりなくてよかった。
 森に飛んでたら大変なことになってたよな。ちょっと迂闊だったか。
 とりあえず持っている水を掛けて沈下させる。
 これで後始末完了。
 外も過ごしやすい気候だし、木陰でゆっくり待つか。
 会場前の広場の反対側で、建物の方を向いて座る。硬いけど、どうせ建物の中にも椅子は無いしな。こっちの方が人の目がなくて安心する。
 こっち向かってくる楕円の影が空に浮かんでる。飛行艇か。
 ってことはそろそろかな。
 あそこだろう、という窓を見ていると、バリーン、とガラスが割れる音とともに、黒い塊がとんできた。うむ、漫画の通りだな。
 名前は知らない、噛ませ犬くん2号ってところか。窓が割れたことで、中の喧噪が漏れ出てきた。もめとるもめとる。
 飛行艇がいよいよ近付いてきて、
『それにしても、合格者0はちとキビシすぎやせんか?』
 爺の声が響き渡る。驚いて中から人がわらわらと出てくる。
 頃合いを見計らったかのように(実際見計らってるだろあのジジイ)、飛行艇から落ちてくるネテロ。
 いろんなことにざわついてる周囲に説明するように、メンチが呟く。
「審査委員会のネテロ会長。ハンター試験の最高責任者よ」
「ま、責任者と言ってもしょせん裏方。こんな時のトラブル処理係みたいなもんじゃ」
 好々爺然とした姿に、貫録がある。実力差を思い知らされるような、余裕。纏う気配も、ジジイとは思えない。
 メンチとネテロ爺の会話は無視して、俺はレオリオを探す。
 さりげなく合流して、それから誘導されるままに飛行艇に乗った。

「次はゆでたまごかー。マヨネーズほしい」
 俺が何気なく呟いたのを聞いていたらしく、クラピカに睨まれた。
メイ、それではカロリー摂取が高すぎるぞ」
「ゆで卵にはマヨネーズ派なんだよ。
 もっというと、固ゆで派。黄身はまっきっきになるまで茹でないとね」
「私は半熟派だ。とろける黄身が良い」
「なるほどね。レオリオは?」
 クラピカらしいな、と思いつつレオリオにも話を振ると
「俺は温泉卵が一番好きだぜ」
 真坂の返答だった。
「お前も半熟派かよ! ぜってー固ゆでのほうがうまいって」
「あのパサついた感じが嫌なんだよ。温泉卵のあのプルプル感が最高だろ?」
「えー信じらんない。あ、もしかして、クラピカもレオリオも、目玉焼きも半熟がいいってこと?
 だめだよ目玉焼きこそガッチガチの固焼きだろ~」
「半熟だろ」
「半熟だな」
「二人との壁が厚い……」


+--+ +--+ +--+


 雑談している間に飛行艇は目的地に着き、俺たちは降ろされた。
 標高が高くさえぎるものがほとんどない山の頂上は風が強い。
「着いたわよ」
 メンチがそう言いながら指さしたのは、山の割れ目。
「安心して、下は深ーい河よ。流れが早いから落ちたら数十km先の海までノンストップだけど」
 言いながらブーツを脱ぎ捨てて、
「それじゃお先に」
と、軽く言い残して飛び降りた。
「えーーーーーー?!」
 受験者一同が困惑する中、ネテロの解説が始まる。
 よくよく見ると、巣の糸は上から10mあたりから張り巡らされているようだ。
 谷の間は頂上よりももっと風が強い。メンチが少し流されているのを確認して、これをピョンと飛び降りる難易度の高さにビビる。
「よっと。この卵でゆで卵を作るのよ」
 軽々しく言ってくれるぜまじで……。
「あーーよかった」
「こーゆーのを待ってたんだよね」
 口火を切ったのはキルアとゴンだった。
「走るのやら民族料理よりよっぽど早くてわかりやすいぜ」
 ああー……みんな生き生きしだした。俺こういう「失敗したらやり直せない」感じなの苦手なんだけど……。
「よっしゃ行くぜ! そりゃーーー!!」
 ああ、四人とも飛び降りちゃった。
 後ろからもどんどん飛び込む。勇気あるネー。
 まぁ、ほかのやつらの様子を見るとわかるが、結構な数の糸が張り巡らされている。
 卵がなくなる前に俺も飛び降りよう。
「な、む、さん!」
 掛け声を出して地を蹴る。
 風は強いが、見ているよりもあまり流されず、なんとか紐をつかむことができた。
「こわ……下は見んとこ」
 よじよじと卵によって、一つもぎ取る。暖かい。
 壁を見るとレオリオたちはもうすぐ登り終えるようだ。急がなくては。
 崖の壁はデコボコで、意外と登りやすい。
 メンチめ、ちょうどいい難易度のもん知ってるじゃないか。はじめっからこれ出しとけよなー。
 登り終えると、レオリオたちが迎えてくれた。
「よぉ。遅かったな、メイ。飛び降りないかと思ったぜ」
「レオリオ、お前こそ無事でよかったな。糸を取り損ねると水にたたきつけられるんだぜ?」
「バカ言うなよ! さっきの料理に比べりゃ簡単だぜ!」
 うん、さっきそういって飛び込んでいったね。
「さっさと飛び降りる思い切りの良さ、すごかったよホント。
 卵、どれくらい茹でるんだろうね」
 大鍋にぽとんと自分の取ってきた卵を入れて、ゆであがりを待つ。
 固ゆでにしたくてずっと待ってたらメンチが怒り肩で近付いてきた。
「あんた! さっきの406番じゃないの! さっさと上げなさいよボソボソになるでしょ」
「俺は固ゆで派なんです、メンチさん。このサイズなら20分くらい茹でないと固ゆでにならないじゃないですか」
「いいから! これはプルプルのうちに食べるのがおいしいの!」
「俺はそういうの嫌いなんです! 固ゆでにしてもおいしくなかったら真においしいゆで卵じゃないでしょう!」
「キーーーーーー! もう勝手にしなさい!」
 メンチが踵を返してどっか行ったぞ。俺の勝ちだな。
 あ、マヨネーズ持ってるかどうか聞けばよかったな……。


続く。




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ゆで卵に一番合うのはマヨネーズですよ! 次点はカレールー!