環来 016



 びゅおおおお、と、また冷たい風が俺たちを吹き抜けていく。
 ここはトリックタワーの屋上。
「生きて下まで降りてくること。制限時間は72時間」
 タネを知っている俺としては、この屋上から次へ進むのは簡単だ。注意して足元をみれば、大きな正方形の中にまばらに細長い長方形が紛れている。これが下への扉。
 レオリオと一緒に降りることはできないし、ほかの道は何が起こるかわからない。ここは一か八かで扉を選ぶしかない。
 レオリオ達が怪鳥の件に釘付けになっている間に、俺はまだほとんど人が減っていない屋上から、一つ下へ、通り抜けた。



 ズドン。
「いてぇ」
 どの部屋も、というか、塔の中は全体的に石造りなのか。一階分を落ちるのはなかなかに痛かった。
 幸いにも、部屋の中は明るかった。
「ひとり、か。そりゃそうだな。なんか看板があるぞ。読めねぇ」
 そっかー。どの部屋にも何かしらの看板があるのかな。看板の傍らにドアっぽいものがある。
 誰かが来るかどうかもわからないから、カバンをあさる。五十音?表のある本でよかった。ボールペンとメモ帳も取り出して、解読開始だ。
 絶対こうなると思ってたんだよね。
 五十音?表、日本語と同じように縦に五段ならんでいるから、アイウエオ順とみてほぼ間違いないだろう。なんかそんな気がしてきた。
 一文字一文字、表の中から探しては、メモ帳に書く。
 五分かけ、やっと大きな文字が書き終えた。
「さ、か、さ、の、み、ち」
 さかさ?
 右が左で左が右で、俺がお前でお前が俺で、とかいうやつ?
 ゴン達のように腕時計が置いてあるとか、そういう風ではない。
 表題の下に説明があるけど、これも読まなきゃいけないのか……? めんどくさいな。
 時間はたっぷりあると信じて、ええっと……
「どうにかなるさ!」
 俺は解読を諦めて、扉と思われるところを押した。
 ゴゴゴ、と重そうな音を立てて押し開かれる。
 扉を抜けると、部屋の中と同じような石造りの廊下が続く。バタン、と扉が閉まった。
「閉まっちゃった。取っ手がないってことは、開けたら戻れないってことだな」
 責任重大すぎる……。すぎたことは仕方がない。前に進むのみ。
 てくてくと歩く。レオリオ達は無事に降りれただろうか。まだかな。
 そんなに歩かないうちに、突き当りに来た。T字路のようだ。
「ご丁寧に看板まで……」
 右矢印だけが大きく書かれている。
 逆さの道ってことは、左に行けばいいんだ。なるほどね。
 こいつはありがてぇ。と素直に感謝して、俺は左へ曲がった。後ろでゴゴゴと音がしたので振り返ってみると、壁がふさがれていた。
「え、ここも閉まるのか」
 まぁ間違えなきゃいいんだし。などと考えて、歩き続けた。
 ほどなくして下への階段が出てきた。ぐるぐる回りながら降りていく感じなのかな。72時間もあるんだ、疲れたら少し休憩したりして、のんびり歩いて降りよう。




 考えが甘かった。
 何度か階段を降りた後、看板が矢印だけじゃなくなって、いちいち解読しないと進めないのだ。
「だるい……お金が手に入ったら翻訳機を買おう。ケータイがあるくらいだから、そういうのもあるだろ」
 毎回五十音表とにらめっこしながら読み解くのだが、文字が全然覚えられない。この覚えられなさは天賦の才だと思う。
 体よりも頭の疲労が激しい。
 この塔の中でレオリオが命の危険に晒されることはないから、その点は安心している。こけたりぶつかったりしてぼろ雑巾のようになる気もするが、どうせ試験時間の内50時間くらいはどっかの部屋でごろごろしてるんだ、ほっとけほっとけ。
 またT字路だ。緩やかに下る右への道と、右よりも急な上りの左の道。
「看板の文字が三文字ってことは左だから右、っと」
 文字の内容ではなく数でさっさと判断して、右にまがっ…
 うしろからなんかドドドゴゴゴという音が、聞こえ、
「ちょっまっ岩?! 岩が転がってくる!」
 T字路だった曲がり角は右に曲がった時に壁で閉まっていて戻れない! 走って逃げるしかない!
 腕力に自信があれば壁を殴り壊したり岩を殴り壊したりできただろうが、俺にそんな自信はない!
 道の傾斜がだんだんきつくなってきてる。走って、走って、見えてきた、分かれ道だ!
「うおおおお看板読んでる暇はねぇぇぇぇ!」
 見ることすらもあきらめて、さらに下りの右の道へ走った。
 俺が走り抜けると、今まで通り分岐点が閉まった。岩は、後戻りできないようにする壁で止められたようだ。
「ぜぇっ……はぁっ……なんとか、無事だったか」
 少し間を置くと、次第に息が整っていく。
「看板が何だったかわからんが、この道が正解であることを祈るだけだな……」
 気を取り直して、俺は先に進むことにした。


 もちろん、次の看板からは油断せずにちゃんと解読した。
 看板の指示がだんだん面倒くさい文章になってきて、
「右の逆の逆の逆の反対の道」とか(正解は右のさかさまで左)、
「次に選ぶ道」とか(つまりひとつ前に選んで無い方)、
 出題者の性格の悪さがにじみ出るような看板ばかりだった。
 移動の時間の半分くらいの時間を文字の解読に費やしながら、進むと、小さなホールへ出た。
 奥に、一番初めに見た扉と同じような扉がある。
「扉だ。これで最後かな? 特に看板もないけど」
 ためらわずに扉を押し開けた。
 奥にもう一枚扉があった。
 近付くと、ゴゴゴゴと扉が開いていく。
「おいおい……これ手前の扉必要なかっただろ!」
 開いた扉を抜けると、人がわらわらと……
「あれ、思ったほどいない」
 数えてみると、八人だった。
「九番目、ね」
 簡単な道だったのか。ラッキー。と思って掲示してある時計を見ると、残りが24時間を切っていた。
 途中で座ってうつらうつらしていたのが、結構時間が経っていたみたいだ。
 くそー、レオリオ達はもう少しましなところで寝たんだろうなぁ…うらやましい。
 この後も野宿みたいなもんだし、文化的な生活が恋しいぜ。
 誰も彼も黙ったままで静まり返ったホールの端っこで、俺はふて寝をして残り時間を過ごすことにした。

続く。




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間違った看板の表記は「くだり」と書いてあって、上りの左が正解でした。ちゃんと確認しような!