環来 027
最終試験前の面談を終えて部屋から出ると、待ち構えていたマーメンに部屋の鍵を渡された。面接の後、誰も食堂へ帰ってこなかったのは、夕食まで自室待機を命じられているからであった。謎は解けた。
さて。部屋はどこだ。
鍵にかかれた番号が読める数字……いわゆるアラビア数字で助かった。船内の案内板を頼りにウロウロすること五分、ようやく部屋に辿り着く。
鍵を開けて中に入る。
上質だが、雰囲気が少し古いビジネスホテルみたいだ。マンガが掲載されてた時期を考えると、これくらいが普通なのかも。電気をつけて鍵をかけてベッドサイドに鞄を置いて……うわっ、ゲホゲホ……マジかよ、鞄を置いたら土埃を吐き出したぞ。
うーん、そりゃそうか。野を駆け地を這い夜営して。俺の体も土まみれだ。
まずは風呂だな。
ベッドに飛び込むのはその後だ。
久しぶりの風呂に歓喜した勢いでパンツを洗ったが、乾かす機材がなく、延々とドライヤーを当て続けることとなってしまった。つらい。いやいや、清潔な下着のためだ、頑張るしかない。
そうこうしている内に夕食の時間となった。パンツはなんとか乾き、頭と同じいい香りを漂わせている。ボディーソープで洗うべきだった。
それはさておき、食事を食べ損なうのは絶対嫌なので、いそいそと食堂へ向かう。
「あれ? みんなまだ来てないのか」
一番乗りでこそなかったが、レオリオ達の姿はまだなかった。
水だけもらって椅子に座ってのんびりしていると、ほどなくクラピカがやってきた。
「おーい、クラピカ!」
声をかけると、驚いた顔をして寄ってきた。
「メイ、まさかおまえが真っ先に来ているとは」
そこかよ! でもなんとなくわかる。
「はっはっは。すごいだろう!
実は、たまたまずっと起きててさ。寝てたら間に合わなかったかも。食事にちゃんと来れてよかったよ」
「そういえば、第三次試験後も寝ていたな。メイは睡眠欲と食欲で出来ているのか?」
「ううっ、否定はできない」
などと他愛もない話をしているうちに、レオリオ達も食堂に来ていた。
皆が揃ったところで夕飯を貰いに行く。
んー、わいわい会話しながらの食事はいいなぁ。
七日間のサバイバル生活の後だからギャップですごくいい体験のように感じられる。
平穏さを享受しているといえば聞こえはいいが、やることがなくて暇を持て余しているともいう。
一晩ぐっすり寝て、うまい朝食を食べ、部屋に戻ったはいいが、やることがない。
人間、暇を持て余すとどうなるかというと、考え事をしだすってわけで。
うやむやになっているアレやコレに思索を巡らせてるわけ。
いくつかあるけど、大きく分けて三つ。
1。レオリオにはめた指輪は取れないのか。
2。文字が読めないのに、今後はどうやって生きていくのか。
3。考えたくなくて忘れていたが、ヒソカにレオリオを運んでもらったときの「支払残金」はどうなったのか。
……。
…………。
いやぁ、思い出しちゃったね。四次試験の間、普通に会いたくなくて頑張って避けてた甲斐があったね。忘れてたよ。
あの時「前金」って言われたんだよ。なんだよ前金って。払いたくても払うもんなんか持ってねぇよ。
レオリオにはめた指輪、実は世話を見てくれたお礼のつもりだったんだけど……。無理矢理指輪填めておいて取れませんごめんなさい、じゃ、助けてもらったお礼にならないよな。まっとうな何かでお礼をするようにしないとな。とはいえ、文字が読めない現状としてはレオリオから離れて一人で生きていけるかというとなかなか厳しい。お金もないからレオリオに着いていくといっても金銭的負担が……。ううむ……。
何度考えてもここで思考が行き詰まる。
試験の間はカンニングしてるみたいなもんだから「なんとかなる」と思ってのんきに過ごしてきたけど、ここから先、無一文ではなんともならんぞ……。
……。
あー! もー!!
気分転換でもするか!
俺は考え事を放棄して、部屋を出た。
外が見える廊下を歩く。遠くまでよく見えるのが、心をすっきりさせてくれる。
初日の高い屋根が見える街並みは一旦落ち着き、少し田舎のような、街と街の間の風景を映している。
展望デッキとかは無いので、適当に階段近くの開けた場所で立ち止まる。
そういえば、目もよくなっているんだったな。元の俺は、目が悪くて眼鏡をしていた。デブで、ヲタクで、会社と一人暮らしの家を往復する日々。ゲーム。漫画。アニメ。異性にもてず、彼女がいたのは大学生の時に一度だけ。ああー、思い出すだけで凹んできた。
今はイケメン、今はイケメン、今はイケメン、今はイケメ
「おいメイ、何をブツブツ言ってんだ?」
「うわぁ! れ、レオリオか、あーびっくりした」
全く気付かないうちに声を掛けられ、俺は大げさなほど驚いてしまった。
「びっくりしたのはこっちだ! どうしたんだよ、こんなところで」
「あー、ちょっと、考え事してた。
レオリオこそ、どうしたんだよ。昼飯にはまだ早いぞ」
「おまえ、ほんとに食うことしか考えてないのかよ……。
トレーニングルームが使えるって話だからよ、お前も誘って行ってみようと思ってさ。
行くだろ? ずっと食っちゃ寝してたら体が鈍っちまうぜ」
完全に俺も行く前提で話が進んでいる。どういうことだレオリオォ!
「えぇー。まぁ、他にやること無いし、行くだけ行くか……」
いくら今の体が鍛えられているといっても、継続しないと維持できないよな。とりあえずなんか体動かすかぁ……。元デブには気持ちがつらい。
続く。
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