環来 030



 どうにかこうにか最終試験まで残れた俺は、心は痛いが死ななければ合格は確定していることにより、如何にして対ヒソカの試合を無傷で切り抜けるかを考えていた。どうやったら俺があんな早めの組み合わせになるのか、会長に詰め寄りたいものだが、どうせ教えてくれないだろう。
 レオリオとクラピカが烈火のごとく怒りながら試合を見ている隣で、指輪の相手がゴンじゃなくてよかったなどと不謹慎なことを考えていた。
 指輪は俺の右手を冷やし、おかげでいろいろな考え事を脱して心は平静を取り戻した。荒ぶる二人とは対照的に、俺は試合を静観していた。
 倒れて運ばれていくゴンを見送って、まぁホッとしたけどな。痛そうなのは、やっぱり嫌だ。


「第4試合! ヒソカ VS メイ!」
 ゴンの試合の後はどんどん試合が消化されて行って、あっという間に俺の番になってしまった。直前の試合だったクラピカは、声をかけづらい感じですれ違っていった。
 審判から早く来いという視線を送られて、観念してとぼとぼと部屋の中央へ向かう。向かいに立つヒソカは、嬉しそうに見える。嫌な感じ。いや、ちがう、変だ。変な感じ。あぁ、ヒソカはいつも変か。
 皆がすごく注目しているのがわかる。やめてくれ、俺は戦わないからな、そんなに注目しても何もないぞ。
 審判が手をあげる。いよいよだ。
「はじめ!」
「まいっ「メイ
 急に名前を呼ばれて、思わず声が止まってしまった。
「…………なんですか、44番さん」
「おや? 名前を呼んでくれる約束じゃなかったかな」
 ここにきてそーいうの言うなよ! あああ注目の視線が疑いの視線に変わっている! 痛いっ、視線が痛い!
「……なんですか、ヒソカさん」
「後金だよ。まだ貰ってないだろう?」
 ええー。やっぱその話が来るか……。
「言っておきますけど、本当に俺は一文無しですからね。事情はレオリオがよく知っています」
「金がない、体で払うのも嫌だ、なんて欲張りすぎると思わないかい?」
 ヒソカはにやにやと笑っている。これ、どこかへ誘導尋問されているな。どうしたものか……。
「そんなこと言われても、俺の全財産はあのカバンの中身とこの指輪ぐらいですよ」
「その指輪、彼の指輪と一対なんだろう?」
 彼、と指さされたレオリオは、何の話か分からなくて困惑しているようだ。
「ヒソカてめぇ、なんで俺が指輪してること知ってるんだよ!」
メイに教えてもらったんだよ。湿原でね」
「湿原? 何の話だ?」
「ヒソカさん! ちょっと、つまり何が言いたいんですか」
 湿原での話はレオリオにはしていない。というかヒソカと交渉事をしたことは誰にも言ってないのであんまり大きな声で言わないでほしい!
「キミ、ボクのこと避けてるじゃないか。このまま払ってもらえなかったら困るからね」
「なんですか、何がほしいんですか。レオリオに手を出したらただじゃおかないですからね」
「おお怖い。そんなにカリカリしないでほしいなァ。
 あの時の後金として、彼の指輪をボクに譲ってもらえないかな?」
「え! なんで! というか、あれはレオリオのモノだから俺にほしいとか言われても困ります」
「じゃぁ、指を切り落としてでも今からもらおうかな。指ぐらいじゃ死なないだろうし」
「待って! 指輪が外れないっていうのは話しましたよね、だから、指輪が外れたら! 指輪が外れたらでいいですか」
 指を切られたからと言って指輪が外れるとは思えないが、実行に移されては困る。着地点、これでどうだ、なんとかウンと言ってほしい。
 俺の必死の提案に、ヒソカは少し考えるようなそぶりをしてから、了承の意を示した。セーフッ。
「まぁ、それでもいいか。そもそもそんな労力じゃなかったしね」
 よかった、とにかく丸く収まったみたいでよかった……。と安堵の息を吐くと、ヒソカはスッと腰を落とした。なんだ?
「じゃあ、ヤろうか」
「え、ちょっとまってやるってなにを、うわぁ!」
 うおお拳がとんでくる! 俺は念を使ってないことを祈って拳を左に払い、左足で腹を狙う。これは読まれていたのか、容易に防がれる。そのまま吹っ飛ばされそうになったから、慌てて左に飛んで難を逃れる。ひえっ、もうこっちに飛んできてる! こんな積極性はご遠慮願いたい! 迫るヒソカを両拳を組んで叩き落として、受け身をしたヒソカに追撃で拳を落とすが、これも避けられる。立ち上がると、今度は拳の応酬になってしまった。あああああんまり速いと考える暇無いしそもそも俺はこんなこと自分が出来ると思ってなくてなんだあれだ無我夢中だ。 無意識のまま捌ききらないとうまくいかなくなるやつだ!
 そこで、ふとヒソカに隙を見つけた。ええい、ままよ! 右拳で隙である顔を狙う。ヒソカはニヤリと笑って、そのまま殴られやがった。そしてわざとらしく少し滑ってから止まる。
「あんた、わざと受けやがったな」
「おや、ばれたかい」
「笑いながら殴られてんじゃねーよ変態」
「いいじゃないか。まだ足りないけど、また今度の楽しみにしておこうかな」
「いやだよ……こんなところでしかやりたくないし」
「皆に見られてるのがイイのかい? そういうのも燃えるけどネ」
 えぇ……なんか違う…………。
「指輪、楽しみに待っているよ。約束だからね」
「え、うん、そんなに念を押さなくてもちゃんと守るよ、ヒソカさん」
 なんなんだ? 外し方も判ってないのにそんなにあの指輪がほしいのか? 妙に嬉しそうな顔のヒソカをポカンと見ていたら
「まいった」
 そう言って離れていった。
 …………………………。
「え?」
 なんだって? おいおいそれは俺の台詞だろ?
メイ、合格です」
 早く戻れと視線で訴えられ、また俺はトボトボとレオリオの居る方へ戻る。
「おいメイ! 合格したんだからもっと嬉しそうな顔をしろよ!」
 レオリオは自分のことのように嬉しそうに笑いながら、俺を出迎えてくれた。あぁ、本当にレオリオって良い奴だな。
「ありがとうレオリオ。
 でも、レオリオにあげた指輪を、外れてからとはいえヒソカに渡す約束をしてしまった……ごめん……」
 自分が情けなく感じる。今思えば、あの必死の交渉も自分の保身のためのように感じてくる。
「良いんだよ。指輪が外れたらメイに返すつもりだったしよ」
 それからレオリオは、俺の肩をポンポンと叩いた。
「まさかこうなるとは思わなかったけどな……強く生きろよ」
 レオリオに見放された。つらい。


続く。




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