環来 031
ハンター試験の最終試験を通過したことにより気が抜けたのか、俺は呆け気味で残りの試合を見ていた。
隣にいるクラピカはヒソカにささやかれた件で若干上の空だ。
ギタラクルがイルミに変わるときの見事な黒髪をきれいだなぁと眺めていたり。ピリッとした空気に俺も若干正気を取り戻したが、キルアの顛末は、激昂するレオリオの傍らで俺は冷静に見ていた。漫画でいろいろ知っているからとかそういう感じではない。心が冷たく静かに、顛末を観察していた。
そうか、レオリオが激昂しているからなのかもな。ゴンの時も、思い返せば俺はとても落ち着いていた。
指輪の性質を考えれば、あり得る。あの指輪の持ち主を守るために俺が存在しているようなものだ。冷静でないときが一番危ない。
一体どんな力と制約をもってすれば、こんな強力な指輪一対を作り上げることができるのだろうか。今更その指輪を自身とレオリオにつけていることに恐怖を感じるが、もしレオリオから指輪が外れたらこれをヒソカにやるのか……。早まった気がする。
結局その日は、キルアの件をもって解散となった。
キルア以外は全員合格、明日の昼から合格者向けの講習会だそうだ。
なんだかすっきりしない気持ちのまま、試験会場を後にした。
翌日。
座学は大学の時以来だから何年ぶりだろう、なんて思いながら、集められた中規模講義室のような部屋でまばらに座る。なんでこんなに広い部屋なんだろう。
みんなばらばらに座っているが、俺はレオリオの隣に座った。クラピカですら同じ列じゃないというのがちょっと衝撃だったが、一人一つ机を使ったとしても余るほどの広さだ、わざわざ隣に座る俺たちの方が異質だと感じる。
そんな他人の目なんて気にしてても仕方がないということにして、講習が始まるまでまだ時間がある。
「レオリオさぁ、試験が終わったら医者になる勉強始めるんだっけ」
「おう。メイはどうするんだ? どこかに行くアテがあるとかじゃないんだろ」
「そうなんだよね。レオリオにはめた指輪の所為でさ、あんまりレオリオと離れられない感じがするし、ついて行っちゃおうかなぁ。
勉強には監督役も必要だよ」
「オカンかお前は。
離れられない、って、何だ? 何かわかったのか」
「まぁ、なんとなく。そうだ、今まででわかったことをレオリオにも伝えておかないとな。
俺の指輪とレオリオの指輪は一対みたいでさ、こう、レオリオのボディガードみたいな? ことを? 指輪がやらせてるみたいなんだよね」
試験会場前のエレベータで離れ離れになると不安になったこと、沼地でお前が怪我をしたが何故かわかって迎えに行ったこと(すれ違いになったという説明をして、ヒソカと何を取引したのかは言わなかった)、無人島ではなんだか嫌な予感がしてレオリオを探し回って、崖から落ちる前に見つけることができた、という説明をした。
「つまり、レオリオから離れるのはよくない、という感じ」
「ざっくりまとめたなオイ。まぁそれくらいの方がわかりやすいか」
にしても、ボディガードねぇ。試験中に何度か助けてもらってて言うのもなんだけど、ハンター試験のゴタゴタが片付けば勉強に本腰を入れるわけだし、俺には必要なさそうだけどな」
レオリオは自分の指輪をつついたりしてみている。
「俺だってレオリオのボディガードしたくて指輪あげたんじゃないぞ。初めて会った時の、見ず知らずの俺の世話を焼いてくれたお礼のつもりだったんだ。
まぁ、外れたらヒソカに渡す約束しちゃって全然お礼になってないから、ハンター試験終わったらどうにか働いて、もっとちゃんとしたお礼をしたいな」
「お前さんは律儀だねぇ。ま、くれるって言うなら貰ってやるけどよ。楽しみにしてるぜ」
「おうとも。約束の握手でもしとくか」
わっはっは、と笑いあって、レオリオの左手を両手でつかんでブンブンと、あれ、なんか光ったぞ?
「おいレオリオ、今なにか光らなかったか?」
そういって手を離すと、
コトン。
何か落ちた。
え?
「ゆび……わ?」
「おいメイ、指輪、取れたぞ?」
「え? どういうことだ? レオリオなんかやったか?」
「何もしてねーよ!」
「だよなぁ」
恐る恐る机に落ちている指輪を拾ってみる。
特に何もない、普通の指輪だ。内側に何かがびっしりと彫ってあるが、ハンター文字とも違うよくわからない象形だ。これが俺の指輪とこの指輪を結びつけているのか。やっぱり念具なんだな。
「そうだ、レオリオのが外れたのなら俺のも……だめだ、回りすらしない」
まあ、俺のが外れなくてもいいか。それより、なんでこれが外れたのか、だ。
「レオリオ、これもう一回嵌めたりできないのか?」
「なんだよ、また外れなくなったら困るだろ……っておい、何やってるんだ」
レオリオの言葉は無視して指輪をもう一度薬指に通すが、ぶかぶかだ。
「なんだ? この前はあつらえたかのようにぴったりだったのに……」
小指から親指まで全部通したが、どの指にも大きすぎる。
そうだ、これは念具だ。あれだけの効果があるんだから、なんか制約があるに違いない。念が発動する条件。もっと厳しい何かが……。
条件? 一番初めに思いつく条件といえば、期間か。
「レオリオ、ちょっと試したいことがあるんだけど」
「おい、もう講習はじまるぞ?」
「指輪もう一回嵌めてくれよ、講習が終わるまででいいからさ」
「良いけどよ、小指にしてくれよ」
本当にまた取れなくなったら困るだろ、と言われ、ああなるほど、と言われるままに小指に通そうとするが、うまく入らない。何かに弾かれている感覚だ。
「なんだこれ?」
仕方なく薬指にはめると、きれいにはまった。
「と、とれない」
「なんだとっ?! おいメイ、どうしてくれんだよっ」
「落ち着いてよレオリオ。これには何かルールがはずなんだ」
暴れだしそうなレオリオを牽制して、考える。
「多分、薬指にしか入らない。小指にはめようとしたけど、ダメだった」
多分とは言ったが、小指にはじかれた今では、この条件は確定だろうと考えている。
「あと、指輪をはめる前か。レオリオは良っていってたな」
「お前がはめて俺が了承すりゃ良いってか? ずいぶんザルなルールだなそりゃ」
「わかってきたぞ。講習終わるまでまっていよう。それでたぶん外せる」
期間だ。今回は明示的に期間を設定した。講習が終わるまで。
「おい、なんだそれ、外れる条件がわかったのか? おいメイ、どういうことだよ」
「じゃ、講習終わったら起こしてくれ」
どうせゴンの騒ぎで目が覚めるだろうけどな。
レオリオの抗議の視線を無視して、俺は机に突っ伏した。大学以来だなこんなの。いや、講義はじまる前に寝始めるのは初めて……かも……。
続く。
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