環覚 001
「じゃ、行こうか」
珈琲を飲み終えたところで、ヒソカはそう言って立ち上がった。
「えっと、何処に……」
ゴンたちが天空闘技場に行くまでのヒソカの足取りなんて知らない。何処へいくんだろう。
「着いてくれば判る」
説明ぐらいしてくれ、とは思いつつ、俺も立ち上がる。
珈琲代をヒソカに払ってもらって(カードだった)店を出ると、辺りは普通の都会、高層オフィスビル群だった。懐かしい。濃密な数日間を経て、こんな風景はずいぶん遠い昔のようだ。
「どうしたの」
知らず歩調がゆっくりになっていたのか、先を行くヒソカが不審がって声をかけてきた。
「ちょっと懐かしいな、と思って。記憶が途切れる前は、オフィスビルにスーツ着て通勤してたんだ」
歩を早めてヒソカに追い付いた。ヒソカはふぅんと流しただけだった。そういえばヒソカは過去に興味が無いんだったっけ。それを思い出して、気にしないことにした。
表へ出ると夕暮れのオフィス街で、ちょっと面食らった。思ってたより、日本と変わりの無い風景だったからだ。目立つ違いは、看板の文字が読めないことと、通る人の髪がカラフルってことくらいか。日本よりニューヨークの方が近いんだろうか。ニューヨーク行ったこと無いけどね。
俺が辺りを見ている間にヒソカは迷い無く歩いていく。見失わないように俺はその後ろを着いていく。
路地に入って、また曲がって、えっと、本当にどこに……。
そう思って着いていっていると、突如ヒソカが立ち止まり、振り返って俺を見た。
「キミ、ちょっとボクのこと信用しすぎじゃない?」
「えっ?」
なんのことだと聞き返す前に拳が飛んできた。
「ちょっ、まって、まってよヒソカさん! なになに、どうしたの」
割りとマジな顔でヒソカが拳や蹴りを繰り出してくるので、軽口はそれでやめて、必死に避けたり払ったりする。触りたくないが、念が使えない相手にそこまでやらないだグエッ使ってきやがった引っ張られる! 避けられねぇ痛ぇ!!
「なんで反撃してこないんだい、メイ」
思い切りグーで吹っ飛ばしておいてそれですか。なんとか立ち上がる。壁に打ち付けられたお陰で遠くまで飛ばされずにすんだが、どちらにせよすごく痛い。
「あーいてぇ……指輪の持ち主相手に反撃なんてするかよ! 護るべき相手だ!
ヒソカさんこそ! そんな眉をひそめてまで俺を殴ろうとしなくていいと思うんだけど!」
「確かに面白くないね」
「ほら、でしょ? だからさっき引っ張った時に使った念を外してくださいよ。DVはんたーぐぇっ」
俺の請願虚しくまたグッと引っ張られる。今度は殴られるんじゃなくて、抱き留められてしまった。わーお顔近いよすげぇ色気。羨ましい。
「抵抗しないの」
なんとも思わなかったことに言われてから気付いた。
「……ヒソカさんかっこいいですね」
他に言うことがなかった。そうか、いきなり抱き締められたら抵抗するか、普通は。 直前に殴り飛ばされといてかっこいいですねとか意味不明すぎる、とか後から思ったけど言ったもんは仕方無いよな。
「じゃあついでにキスもしようか?」
「どこがついでなのか解らないんですけど結構です」
「なんだ、連れないね」
「あんた俺のことなんだと思ってるんですか」
「ついておいで、今度はちゃんと連れていくから」
そう言ってヒソカはサッと俺を離して歩き出した。
だから、何処に行くんだ。せめて説明してほしい。
+–+ +–+ +–+
スゴイ・タカソウ・ホテル。
……の、スゴイ・ウエノ・ヘヤ。
わーい、広いぞ~~~。住んでた家より広いぞ~~~~。ツインのベッドもふかふかそうだし早く寝たいぞ~~~~~~。
……これ、ホントに俺金持ってないけど大丈夫なの。
「どうしたの。挙動不審だけど」
「ヒソカさん俺まじで今背負ってる鞄しか財産ないしそもそも財布持ってないけどホントに大丈夫デスカ」
「まぁ、いざとなればライセンスカードでも売ったら良いんじゃない?」
「ままままままさか冗談キツいよこれがないと生きていけないって」
「冗談だよ。文無しのキミから巻き上げるほど困ってない。
面倒事を金で解決できるなんて楽だろう?」
「その金を持ってない奴に言われても」
「今は休みたいんだ。遊びたいときは遊べそうな所に泊まるよ」
なんだかよくわからんがそれで良いならそれで良い。あんまりわかりたくない、が正解。
「先にボクがお風呂使うけど、良いよね」
「どうぞ。お茶でも飲んで待ってるさ」
ヒソカはすっとバスルームへ消えていった。
しまった、先に手を洗いたかった……。
ん、この部屋、トイレと風呂は別なのか。この広さ、この設え、日本で言えば一泊十万円超なのでは……。怖い。何も聞かないことにしよう。
手を洗って用を足して手を洗って部屋に戻る。石鹸が良い匂いだ。
電気ポットを見ると、お湯が沸いている。普通のビジネスホテルだと自分で入れるよな。これが金の差か……。
紅茶のティーバッグをカップに入れ、お湯を注ぐ。さっきはコーヒーだったから。あー、紅茶も良い匂いだ。適当にちゃぱちゃぱして色をつけて、砂糖を入れて、混ぜて、飲む。おいしい。さっきまでの殺伐とした非日常はまるで遠い昔のようだ。遠い昔になれば良いのになー。
飲み終わるのを見計らったかのようなタイミングで、ヒソカがあがってきた。
「はやいね、もうあがったの」
ホテルに置いてあるガウンを羽織っているが、小さいらしく、袖を通して前は全開。トランクス派であることを確認。確認してどうする。
「シャワーなんてこんなもんでしょ。メイも入ってきたら」
「もちろん」
喜び勇んで風呂へ向かう。
服を脱いで湯を出す。ザーーーという音が心地よい。
本当に高いホテルは最高だぜ。
続く。
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ヒソカ編はじまりはじまり~。
ヒソカの遊びたい気分(意味深)とは。