環覚 003
ヒソカが出ていった後も指輪はおとなしいままで、俺はベッドの上の楽園を満喫していた。
具体的に言うと、ぐっすり寝ていた。
ぼんやりと覚醒したらすごく喉が乾いていたので、渋々目をこすりながら起きることにした。隣のベッドは使われた形跡はない。まだヒソカは帰ってきてないのかな。
紅茶でも淹れるか……と寝室を出たところで、すぐそばの玄関の外に気配が有ることに気付いた。ヒソカが帰ってきたのか?
ホテルの扉に覗き窓など無いのでどうしたものかと思っていたら、鍵が開き、扉が開いたと思ったら、拳が飛んできた。精確にボディに。
慌ててガードして(間に合った、すごい)侵入者か?!と拳を返し当たる寸前で、相手がヒソカであることに気付いた。俺の拳はギリギリ当たらずに止まった。
「…………。おかえり、ヒソカさん」
「ただいま、メイ。ちゃんと番犬紛いのことが出来るようだね」
俺が起きたの、偶然なんですけど……。そこは黙っておこう。
「信用されてないなぁ。判るけど」
「自分が信用に足りないと解ってるなら、もう少し努力すべきだと思うけど、どうだい」
「俺はヒソカさんを結構信頼してるよ」
何を信頼してるのかと言われると指輪を信頼してる感じではある。しかし一方的とはいえおおよその人物像を知っていることは、警戒が薄い原因だろうなぁ。
「じゃあその信頼に応えてただいまのキスでも」
「ご遠慮申し上げます。
ヒソカさん、俺をからかって遊んでるでしょ」
話を切り上げて、俺は当初の目的だった紅茶を淹れる準備をする。
「ヒソカさんも紅茶いりますか? テキトーだから、お店で出るようなやつと比べないっていうならいっしょに淹れますよ」
「せっかくだから貰おうか」
「おーけー」
幾つも置いてあるティーバッグの中から同じ柄のものを三つ選んで、ティーポットに入れる。その上からざばざばとお湯を入れて、蓋をして蒸らしている間にカップにお湯を入れる。カップを湯を捨てて、砂糖壺とかソーサーとかと共にテーブルに並べる。壺の中の角砂糖が意外と小さかったので自分のカップに三個入れると、ヒソカは冷ややかな目でこっちを見ていた。あら、甘いものはお嫌いですか。
それぞれのカップにポットから紅茶を注ぐ。いい香りだ。
「はい、どうぞ。俺にしては丁寧に淹れたつもりだけど、どうかな」
「色水よりはおいしいということにしておいてあげるよ。
手際がよかったけど、料理をする質なのかい?」
「まぁ、雇われの身の独身男性でしたからね。自分の食べたいものを作る程度には」
とはいえ、試験中の豚の丸焼きや川魚を捌いたりとか、ああいうのは管轄外だったな……肉も魚も切り身を買うのが一番いいということを実感した。
俺の返答を聞いたヒソカはふぅんと言っただけで、特に話が発展したりはしなかった。
え、俺、こんな雰囲気であと半年も一緒に過ごすの? 厳しい気がしてきた……慣れるまでの辛抱、で済むと良いけど……。
紅茶を数杯飲んでやることがなくなり、ティーバッグの種類を見たりコーヒースティックの種類を見たりして、もうリビングで何も暇をつぶすことができないヤバい、というタイミングで、ホテルのサービス係が大きいサイズのガウンを届けに来た。。ヒソカが出かけている間に頼んだらしい。
聞いてみるとランドリーサービスに下着まで出せるということで、今穿いているパンツ以外を全部だす。ジャケットもスラックスも泥汚れとかがあちこちについていたが、嫌な顔ひとつせずに持っていってくれた。プロ~。
「あー、今度はサイズが合いますね」
着るものがないのでガウンを着て、前が閉まることに安心した。
「キミ、服を全部出してよかったのかい?」
「明日の朝には返ってくるってことでしたし、清潔な服の方が良いんで……ヒソカさんこそ、なにも服を出しませんでしたけど」
「明日、新しく買い換えるつもりだからね」
「あっ、ズルい。いやまてよ、俺は服を買うお金もないんだった……」
落胆。金がないと言うことはこういうことなのだ……。
「数着、キミのものも買ってあげようか」
俺の落胆ぶりを見かねてかなんなのか、ヒソカがそう提案してきた。
「えっ、いいの!」
「一々キミの落胆劇場を見せられるのは面倒臭そうだからね」
「理由は聞き流してジーパンとティーシャツとスニーカーが欲しいです!」
「ハイハイ。一揃い買えばいいんだろう?」
「やったー」
ヒソカが服を買うってどんな店なのか想像つかないけど、ジーパンとシャツならあんまり外れがないだろう。
続く。
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沈黙が苦になるので何か喋りたいが話題が見つからなくて苦しいメイ。
ヒソカは沈黙が苦にならないタイプだと思う。