環覚 004



 甘く見ていた……。いや、待って、あのヒソカ服って量産されてて良いわけ? 他人の服に口を出せるような立場じゃないけど、まさかこんな店内にいくつも並んでるとか……有り得て良いのか……。

 ヒソカにつれられてきたこの店は、小洒落たセレクトショップのような小さな店舗だったが、奇抜な、あのヒソカ服としか言いようがない感じのシャツやパンツやジャケットが陳列されていた。うーん、これが現実なのか……。
「昨日電話しておいたものを」
 ヒソカは店員となにかやり取りしている。まぁヒソカの身長と体型に合うサイズなんか既製品にはないしな。近くの服に触ってみると、想像していたよりもずっと良質な手触りの布で作られており、世の中の知らなくていい神秘に触れた気持ちになっている。正気度を一度チェックしておいた方がいいかもしれない。
「何かお探しですか?」
 キョロキョロしていた俺に店員が寄ってきた。
「いや、何も。彼の付き添いなだけだ」
 ヒソカを指差して、服に興味があるわけではないことをアピールする。
「ご試着できますので、いつでもお声かけください」
 着ねーよ! こんなヒソカ服なんて!
 俺の方がヒソカより少し!少しだけ!背が低くてちょっと……いやここは素直にヒソカに比べるとかなり細いとはいえ、たっぱのある男が二人してあんなよくわからん服着て並んでいるとか、地獄かよ。地獄の体現者かよ。絶対に嫌だ。
 さてヒソカはどうなったんだ、と店内を見渡すが、見付からない。指輪がなにも言わないということは、試着室か?
 少し様子を見ていると、奥からヒソカがでてきた。
「ヒソカさん。それが新しい服?」
「まぁね。どうだい、惚れ直したかい」
「ははは、何言ってんですか。あんたこそ一度正気度チェックした方がいいんじゃないですかね」
「連れないネェ」
 よくわからないヒソカの冗談を無反応で蹴っ飛ばしておく。ヒソカは店員に支払いなどの手続きを済ませたところで、俺を呼んだ。
メイ
 カウンターには大きな紙袋が三つ。
「はいはい、荷物くらい持ちますよ」
「よくわかっているじゃないか。それじゃあ、次はキミの服か」
 ヒソカは何かを考えているようだったが、服屋のアテがないどころか文字が読めない無一文はおとなしくヒソカの荷物を両肩に掛けるしかない。
 見た目よりも重いヒソカの服の入った紙袋を両肩に掛け、よいしょ、と歩き出した。相変わらず何処に行くのかは教えてもらえないが、なんとなく、ちゃんと服屋につれていってもらえる気がしている。


 道行く人は意外にもヒソカにほとんどリアクションをとらずに通りすぎていく。文化の違いを感じる……。俺だったら絶対に二度見をした上に通り過ぎてからもう一度見る自信がある。
「ここかな」
 そう言ってヒソカが立ち止まった店は、マジで普通の服を売ってる店だった。
「なんだい、その顔」
「いや、驚いてる顔ですけど……お店知ってたんですか」
「キミのためにフロントに訊いておいたんだよ。
 当面不自由しない程度なら、好きに選んでいいよ。ボクは適当に待っているから」
 ヒソカは(ポカンとしている俺をやや置いていきつつ)中に入ると店員を呼び、
「荷物を預かっててくれるかい。それと、彼に合うサイズを全身見繕ってやってくれ。彼は文字が読めないけど、目は見えているからね」
と、やって来た女性に全てを丸投げしてエントランス傍の柱にもたれかかった。
「ヒソカさん……」
 声をかけると、面倒臭そうにこちらを見た。
「あまり長くは待ちたくないなァ。手早く頼むよ」
 それだけ言い、壁にもたれて目を閉じてしまった。
 俺は慌てて店員に荷物を預け、服を探すことにした。
 ストレッチのよく効くパンツ、半袖のカットソー、羽織るためにシャツやパーカー、下着類、それに靴。店員にサイズを測られ試着して取り替えてうんぬんうんぬん。
 怒濤の勢いで全てをこなし、なんとか選び抜いた。
「ヒソカさん、終わりましたよ」
「なんだ、思っていたより早かったね」
「まぁ、急ぎましたからね」
 かなり疲れた。服のサイズが根本的にもとの世界にいた頃と違う上に、思っていた自分に似合う色も変わっており、体だけでなく頭も疲れた。
「あとキャリーバッグでも有れば完璧なんですけど、この店には無くて……」
「その程度なら後で通販でもしてあげるよ。
 それで終わりかい? ならホテルに帰るよ」
 俺が頷くとヒソカは壁から背を離し、レジへ向かう。山のような服達は既にきれいに畳まれてコンパクトになっていて、なんとか抱えて持って帰れそうだ。
 ヒソカが手続きを終えたのを確認して、取り合えず自分の荷物を抱える。それからヒソカの分を、と手を伸ばそうとしたが、無い。
「……ヒソカさん?」
「これ以上持って前が見えるのかい?
 さすがに自分で持つよ」
 そんならさっきも一つくらい持ってもよかったのではと思ったが、口にしない程度には俺は利口だった。とにかく荷物量が減ったので、運びやすいように持ち直す。よし。
 行きよりももっと静かな帰り道だった。行きも無言だったが、帰りはよそ見をする余裕もなくもくもくとホテルへ一直線。
 急いで選んだが好みのテイストで揃えられた。新しい服が楽しみだ。


続く。




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この世界は服装が奇抜すぎる傾向があるので、きっとあのヒソカ服も店で売ってると思う……。