環覚 007
ヒソカと別れて、なんとか群衆を抜けた。新調した服が早くも汚れたことをを悲しみながら、大通り沿いに進みながら右に3回曲がった。これで元の道に戻ってきたつもりなんだけど、景色に見覚えがない……。指輪はうんともすんとも言わないので、ヒソカがどこにいるのかもわからないし、完全に迷子だ。後でヒソカが見つけてくれることを祈るしか無い。
押し付けられた封筒はいつのまにかハンカチに変わっていた。そんなもんだろうなとは思ってたよ……俺には届け先が分からないから、渡されても届けることができない。ハンカチはとりあえず畳んでポケットに入れてある。
街中を走り回るのにも飽きてきたし、登れそうならどこかビルの上に上がりたい。こういう時は高いところの方がいいんだよ。でも外付けされているビルの階段はだいたい施錠してあるんだよなぁ。
そんなことを考えていると、道を曲がり間違えてしまった。間違えたというか、大きそうな道だと思って曲がったらすぐに細くなって行き止まりになってたというのが正しい。
「やっべ……」
思わず声に出してしまうほどには予想外だ。
「追い詰めたぞ! 大人しく封筒を渡してもらおうか」
ミニバイクで追いかけてきていた男が、細道を塞ぐようにバイクを停めて降りてきた。手には長い棒状のものを持っている。鉄パイプか?
どう答えたものかと考えているうちに、ミニバイクの後ろに走って追いかけてきていた輩たちが集まってきた。かなりの時間を走ってたと思うが、よく着いてきたものだ。
「封筒の中身が何か知らないけどさ、俺、持ってないんだよね」
「そんなこと知るか。封筒を渡さないならぶっ殺すだけだ」
「はぁ〜? ヤバヤバ野蛮人じゃん」
素直に応答してくれるとは思わず、思ったことが口に出てしまった。
「一時間近く走り回って息が乱れてないやつにアレコレ言われたく無ぇ、ぜ!」
ミニバイク男が鉄パイプを持って走って向かってくる! 初撃を避ければ逃げられそうだが、出口は他の男たちが塞いでいる。というかそっちも襲ってくるヤツ! ですよね!
「死ねぇ!」
ミニバイク男は躊躇い無く全力で鉄パイプを振り回す。当たったら痛いじゃ済まないぞ、これは!
一振り、二振りと避けるが、狭いせいで余裕がない。何とか反撃しなければ。
三振目を避けたところで、背中が壁に当たった。
「観念せぇや!」
上段からの大きな振り下ろし。これは屈めば壁に当たるやつ! ガィンと大きな音が鳴って、壁に引っ掛かる。それは大きな隙となる! な、なぐ、殴るぞ、右のグーで相手の頬だ!
俺はイニシエのボクシング漫画の一節を思い出しながら、右手をまっすぐに出す。脇を締めて抉るように打つべし!
バシ! と音と衝撃が発生する。何とか相手には当たったようだ。
打つべし! 俺は続けて左の拳を相手の腹部めがけて打つ。こっちも何とか当たったようだ。男が少しふらついたのを見逃さず、股間を思い切り蹴り上げた。声を出すことすらなく気絶して倒れたので、これで道が少しだけ開けたかと思ったが、素手らしきゴロツキたちがまだ奥に控えている。
「てめぇ! アニキに何てことしやがる!」
様子を見ていた男たちは青ざめたような顔持ちで文句を言ってきた。
「丸腰の相手に鉄パイプ持ち出すようなやつにかける慈悲はない!」
俺はやる時はやるのだ! まぁ蹴ったこっちも精神的ダメージがゼロではないのは確かなんだけど、見ていた男たちはもっと甚大だろう。
「あ……アニキのカタキだぁぁぁぁぁ!」
「まだ! 死んでない!」
俺の訂正も虚しく、男達が拳を構えて走ってくる。
大振りの一人目と二人目は何とか避けたが、そこから先はもうダメで、殴ったり殴られたりがはじまってしまった。
ヒソカと戦った時と違う、研ぎ澄まされてない自意識では、相手の拳なんて全然わからない。というか、あの時は異常だったという方が正しい気がする。
体のあちこちが痛くて、それでも何とか反撃したりできている。忘れてたけど、これ元々は俺の体じゃないんだよな。有り得ないくらいに丈夫で、よく動く。ここを何とかしないと、ヒソカと合流どころではないぞ。なんとか、なんとか生還したい……!
殴る、蹴る、避ける、体当たりする。
殴られる、蹴られる、避けられる、体当たりされる。
数が多い分、相手方が有利だ。殴れば痛いし、殴られるともっと痛い。
このままじゃ何もできないヒモだ。せめて……せめて素手の相手くらい、何とかできないと、ヒソカのヒモどころか当座の生命が危ない!
「くそー!」
意を決したからといって急に痛みが引くとかキック力が3倍になるとかそんなことは無い。
俺の命の危機なんだぞ、指環よ、もう少し俺に協力してくれても良いのでは?!
それでも指輪はウンともスンとも言わない。
それから五分か十分か。殴り合いとしては短くは無い時間をかけてゴロツキたちを大方地面に転がしたところで、残りはドテドテと逃げていった。
「逃げていくのありなのかよ……」
追うほどの義理もなければ体力もないので、背を見送って、座る。体のあちこちが痛くて、もう起きられないかもしれないと思いながら、そのまま寝転んだ。寝たら死ぬかな……。流石に死にはしないと思うけど、警察とかに厄介になりたくはないな……。
少しの間寝転んだままでいると、気持ちが落ち着いてきた。起きて、次はヒソカを探さねば。
「ちゃんと生きてたんだね、メイ」
上半身を起こしたところで急に声が聞こえて驚いて、あたりを見回す。路地の入り口から、ヒソカが歩いてきていた。
「これ、キミがやったのかい?」
「ヒソカさん……まぁ、なんとかなって良かったねって感じの……」
ヒソカはスタスタと歩いてくる。
「封筒、届け終わったんですか?」
「もちろん。キミを探す方が時間かかったよ」
「えっ、探してくれてたんですか。よくわかりましたね、俺は此処が何処か判ってないんですけど」
なんとか立ち上がって尻を叩く。叩いた手が痛い。
「そうだ、二手に別れる時に押しつけられたハンカチ、返しますよ。汚れてないといいけど……無事みたいですね」
ポケットからハンカチを取り出すと、意外と無事な見た目だった。
「ちょっとしわくちゃになっちゃいましたけど、乱闘の中で汚れなかったなんて、すごいですね」
「あの一瞬で、封筒が偽物だなんてよくわかったね」
「文字が読めないやつが封筒押しつけられて、届けられるわけがないじゃないですか」
はい、これ。とヒソカにハンカチを渡す。数歩歩いて気づいたが、歩くと足が痛い。
「おや? キミの指輪、そんな色だったかい?」
「え?」
言われて右手を見ると、淡いピンクのような色をしている。
「もっと白かった気がしますね……ヒソカさんのは?」
ヒソカに嵌めた指輪を見せてもらうが、特に変わりはないようだ。指輪同士を接触させてみるか。
「……何か変わりました?」
「……特に何も」
ヒソカの声は平静だ。本当かなぁ。
「何かあった時に指輪同士を当てると沈静化する気がするんで、これで大丈夫じゃないですかね。ピンクの指輪はちょっと嫌だし……」
そういえば、レオリオの指輪が赤くなったことがあるような気がする。俺の指輪も赤くなる事があるってこと? うーん、解らん。
「それよりヒソカさん、俺、体中痛いんですけど、傷病補償とかあります? 完全な巻き込まれ案件だと思うんですけど」
「まぁ、医者に見せるくらいなら」
「取り敢えずそれで……」
歩き出したヒソカの背を追い、トボトボと歩き出す。湿布や痛み止めで済めばいいけどなぁ。
続く。
(←前話) (次話→)
きっと下っ端にはチャカは配布されてないんですよ。よかったね。(よくない)