環覚 008



 左腕は骨折、右足首は捻挫、あと打撲と擦傷が多数。
 人生初のギプス生活でございます。
「思ったより軽傷だったけど、不便……」
「利き腕じゃなくて良かったじゃないか」
 ヒソカはこれ見よがしに左手でカップを持ってコーヒーを飲んでいる。いいんだ、俺は右利きだから。ジョッキサイズのアイスカフェオレをぐびぐび。
 そう、ここは別の街の喫茶店。
「思ったんですけどね、人を殴るのってめちゃくちゃ大変ですね」
「ボクの頬は思い切りやってくれたじゃないか」
「アレはあんたがここを殴れと言わんばかりに……そもそも一発だけだったし……」
「ミックスサンドイッチセットです」
 店員が俺のランチを持ってきてくれたので話は中断。でかい皿にぎゅうぎゅうと詰められた縞模様が食欲をそそる。
「いただきまーす」
 片手で食べられるサンドイッチは俺に優しい。ミックスっていうか定番のやつ全部挟みましたみたいな感じだが、なんにせよ美味い。
 ヒソカはコーヒーに続いて俺に当てつけるかのようにステーキを注文している。あ、来た。いつもの三倍ぐらい優雅に両手でナイフとフォークを操り、肉を切っている。当てつけるかのようにっていうか、完全な当てつけだよ。俺が肉大好きなのを知っていての所業。ステーキ美味そう……。
「そんな熱烈な視線をくれるだなんて、感激だネ」
「俺はステーキを見てるんです」
「一切れ要るかい?」
「い……、要らない。要らないです」
「つれないネェ。食べさせてあげようと思ってたのに」
 それって信じて口を開けると直前で止めたり、頬に押し付けられたりするやつでしょ。そういう類の話は信じてないからな。
「それで、この後はどうするんですか? また何処か行くんですか?」
 ハンター試験が終わってから、そんなに経ってないと思うんだけどな。
「んー……まぁ、キミには言ってもいいか。
 キミ、ゴンから何か聞いているかい?」
「え? さぁ……なんかめちゃくちゃ意識してるな、くらいですけど。え、手を出したんですか? 児ポ?」
「手というより拳だネ」
「あんな子供相手に?! 初手でフィストを?!
 いや待って、そういう特殊性癖の話はこんな明るくて開けた場所で言っちゃダメでしょ!」
「……メイ。キミさ、わざと話を混ぜっ返して楽しんでるでしょ」
「あはは、まぁ、半分くらいは」
 残りの半分は「話を知りすぎてるのもよくないよな」みたいな気持ちです。
「殴って因縁つけて自分を意識させるっていうのは、世間一般では充分に特殊性癖ですよ」
 これだけはきちんと伝えておかねば。まぁヒソカは気にするようなタマじゃないだろうけど。
「それで、ゴンがどうかしたんですか? 今はキルアのお宅訪問をしているのでは」
「ハンター試験が終わって、もうすぐ一ヶ月だろう? ボクの予想だと、そろそろ動きがある頃なんだよね」
 ヒソカはなかなか自信ありそうな口調で言い切った。
「へぇ……根拠を伺っても?」
「ゴンはボクに拳一発分の借りがある。それが解消されるまでは、ライセンスの特典機能は利用しないだろう。そうなると、通常のビザでゾルディック家のあるパドキアに滞在できるのは一ヶ月くらいだからね」
「思ってたより根拠があった……」
「失礼だな、キミは。
 ま、その後に行きそうなところも予想はしているからね。知り合いに頼んで一週間くらい待っていれば良い知らせがやってくるハズさ」
 そこで話を切って、ヒソカはステーキの最後の一切れを食べた。くそー、美味そうが過ぎる。負けじと俺もサンドイッチの最後の一口を食べる。サンドイッチも美味い。
「ということは、また何処かで一週間待機ですか?」
 この怪我では特にやれることがあるわけでもないので、大人しくしておきたい。
「ボクとしてはもう少し暇潰ししてもいいんだけど……ま、キミがそんな状態だからね。少し大人しくしておくヨ。移動はするけどネ」
「優し〜い。優しいついでに、酔い止め薬って手に入りませんか? 俺、乗り物酔いするタイプなんですよ」
 ヒソカはものすごくめんどくさそうな顔で俺を一瞥し、了承してくれた。やったね。


 酔い止め薬を飲んで準備万端。俺のでかいキャリーケースはヒソカがどこかに送ってしまった。
「どういうこと?」
「次の行き先はもう決まってるってことさ」
 そう言われて連れていかれたのは長距離列車の一等車。かなり遠くへ行くということか?
「心配しなくとも、夜には着く。その次へは……予想はついてるけど、確定してから動きたいからネ」
「ふーん」
 それ以上特に言うことはない。
 腕も不自由でやる事ないので、基本的に寝て過ごす。はじめは車窓を楽しもうと思っていたが、見た物の背景知識がないとあんまり面白くないことに気付いてしまった。だからといってヒソカが解説してくれるとも思えないし(漠然とした歴史や自然に興味無さそう)、寝るしかやることが無い。
 日が落ちてきたな、と思う頃には寝るのにも飽きてしまったが、有り難いことに、外が真っ暗になる頃には到着した。
「先に夕飯かな。何か食べたいものはあるかい?」
「牛丼ハンバーガー寿司ラーメンうどん」
「なんでもいいってことかな」
「せ、せめて、ピザ……」
「ピザね。じゃあこっちかな」
 迷いなく歩きはじめる。馴染みの街なのか、すいすいと歩いて、店に入っていく。
 賑やかな雰囲気の大衆居酒屋的な店だ。チェーンの安居酒屋って感じじゃなくて、地元の人がやってる人気の店的な雰囲気。
「こんな店も来るんですか」
「ボクのことをなんだと思ってるのかな」
「こういう、人が多くてうるさい店、好きじゃ無さそうだと思って」
「まぁ……必要に応じて店は使い分けるさ」
 サラダ、ピザ、パスタ、ライスコロッケ。それにティラミス。知ってる名前の知ってる料理を食べられて、疲れた体と心に癒しをくれる。本音を言うと出汁と醤油と味噌が恋しいが、それは贅沢というものだろう。
 メニューを見て気付いたことがある。オシャレめいたフレーバーとして、ハンター文字の他にアルファベットも使われているようだ。おおよそ英語と思われる。英語が英語という名前で存在するのかはわからないが、あるんだろう。
 ということは、ハンゾーの国まで行けば、郷愁は感じられずとも馴染みの味には再会できるかもしれない。そういえば、ハンター試験で握り寿司が出たしな。説明は俺が知る日本の寿司と同じだった。
 そんなことを考えながら、出てくる食べ物をモリモリと食べる。昼がサンドイッチだけで少なかったこともあるが、どれもこれも美味いのだ。繁盛してるのも納得である。
「あ〜、美味しかった……ヒソカさん、ありがとうございます」
「気に入ったかい?」
「そりゃもう……最高でしたよ。美味いし、賑やかでいい店でしたからね」
 ヒソカは、そうかい、とだけ返して、歩き出した。よくわからんが、俺は満腹で幸せなので気にしないことにした。


続く。




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この世界、大きい街だと何でも食べられる気がする。ミルキがオークションで負けて和食の店をハシゴしてたし。