環覚 009



 移動中に沢山寝たので寝付けないかと思いきや、あっさりと朝まで熟睡していた。部屋が普通のビジネスホテルだったことが大きい気がする。知ってる雰囲気という安心感よ。
 隣のベッドでは、まだヒソカが寝ている。もしかしたら起きているかもしれないが、うんともすんとも微動だにしないので、寝ていることにする。
 カーテンを開けず灯りもつけない薄暗い部屋を(寝ているであろうヒソカを起こさないように)慎重に歩き、トイレ行って顔を洗ってお湯を沸かして、紅茶を淹れる。紅茶には砂糖も入れる。うまーい。
 とかなんとかしてると、ヒソカも起きてきた。無言で部屋の明かりをつけて、ヒソカもトイレへ向かった。
 部屋に据え付けの時計を見ると、朝の8時より少し前のようだ。平日の出勤時間より遅いけど、あ〜、そんなこと気にしなくて良いんだよな。休日に起きていた時間よりは早いな。
「おはようございます。紅茶かコーヒーか、要りますか?」
「……いや、水がいいかな」
 トイレから出てきたところに声をかけると、ヒソカは少し眠そうな声で応えた。
 この人もそういう時があるんだな、と思う。ちゃんと生きてる人間なんだよな……。急にそう感じる時がある。俺も、ヒソカも、レオリオやゴンも、この世界の生きてる人間なんだよなぁ……。哲学。
 ヒソカは冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、グビグビと飲んだ。
メイの方が早く起きるなんて、珍しいじゃないか」
「珍しいというか、初めてじゃないですか?
 まぁ、こっちの生活にも慣れてきたってことですかねぇ」
 元の世界と時差とかあったのかもしれない。それなら寝ても寝ても眠いとか有り得そうだ。あとはまあ、単純に緊張してたんじゃないかな……。
 朝食はホテル一階のカフェで食べるらしい。見知ったスタイルである。日常生活には大差のある世界じゃないんだな。
 ささっと外に出られる格好に整えて、カフェへ向かう。プレーンオムレツ、トースト、オレンジジュースの取り放題なので、しれっと二人前ずつとる。目の前でどんどん製造されていくオムレツがうまそうすぎる。調理人の目が死んでたのは見なかったことにしよう。朝早くから働くのは大変だよな。
「うまい」
 感想がそれしか出てこないくらい、シンプルにうまい。オレンジジュースもぐびっと飲む。フレッシュジュースなのかな。こっちもうまい。
 そういえば朝にオレンジジュースを飲むのが体に良いとかなんとか言ってた気がするが、どうだったかな。そりゃ朝から飯食ってオレンジジュース飲むような生活ができるんなら健康だろうよ。
「この辺のホテルって、朝ごはんはみんなこんな感じなんですか? 一階の店で食べる的な」
「メニューはホテルによるけど、パドキアは大体こんな感じだよ。気に入ったかい?」
「えぇ、まぁ。俺の故郷もこんな感じだったんですよ。ハンター試験からずっと慣れないことばかりだったから、知ってる感じっていうのは安心しますね」
 ヒソカはまたふぅんとだけ言い、食事に専念しだした。俺もそれで話すことが無くなり、黙々と食べる。そんなに量があるわけではないから、すぐに二人とも食べ終えることとなった。
 部屋に戻ってもやることない。腕も痛けりゃ足も痛いし、まぁその他も痛い。やれることといえば瞑想だ。
 椅子に座って目を閉じる。息を吸って、吐いて。周囲の気配だけを感じるように努める。そう、念じゃなくて燃の方の、念の修行。今の俺でも出来ること。


 ゆっくり息を吸って、吐いて。とかやってると、足の痛みが少し良くなった気がする。プラシーボすごい。トイレに行くために立ち上がったら普通に痛かった。もう少しよく効いてくれプラシーボよ。
「ちょうどよかった。予定よりちょっと早いけど、明日の朝には出るヨ」
 トイレから出るとすぐにヒソカが話しかけてきた。出る? 何の話だ? ……あ、移動するって話か。
「了解です。ちなみに、移動手段は何ですか?」
「飛行船だね。キミ、酔うんだっけ? 薬をちゃんと飲んでおきなよ」
「は〜い」
 記憶の中の漫画の進行と、特に変わりはないようだ。
 その日は瞑想で一日を過ごし、翌朝すみやかに支度を整えて朝食を食べる。そのままチェックアウトして、ガラガラと荷物を引き摺りながら移動する。前日入りした出張みたいだ。
 ホテルからタクシーで数十分ほど移動すれば、そこそこの空港に着いた。
 何回かハンターライセンスを提示したりしつつヒソカのうしろを着いて行く。空港はこの世界でも広い。とても広い。歩く。歩く。
 歩くのに飽きるほど歩いて、外に出た。
「ボクの船はアレだよ」
 指さされたのは、まだ少し先だった。
「俺の足が捻挫だってこと、忘れてませんか?」
「この程度の移動で音を上げるなんて、ハンター以前に護衛の仕事なんて無理なんじゃないかな」
「巻き込まれ乱闘故の怪我なので俺は悪くない」
「ボクに指輪を嵌めたのはキミだよ」
「あんたが欲しいって言い出したんでしょ」
「まさかすぐに外してすぐに持ってくるとまでは思わなかったヨ。外す条件が分かったのかい」
「あ〜まぁ、その、大体は。多分。あってると思いますよ。一度しか試して無いですけど」
 期間の設定と、両者の同意。薬指にしか嵌められない。もう少し条件があってもおかしくないが、俺の指から外れないっていうのはかなりの条件だろう。虫の知らせというか、指輪の知らせ的なものしか効果はわからない。片方の指輪をあまり長い時間外しておきたくはないという予感もあるが、試すのが怖い。
「ヒソカさん、何で指輪が欲しかったんですか?」
「キミが欲しかったからだよ、メイ
「へ?」
「ほら、飛行船に着いたよ」
 なんかすごいことを言われたはずなんだが、問い質す前に飛行船に着いてしまった。いや、そんなんでスルーしていい話か?
「他人が乗ると思ってなかったから、運転席しか座席はないんだ。荷物と一緒に後ろの方にでも座っててくれないかい」
 乗り込むと本当に操縦席と荷物置き場しかない。
「定員オーバーでは?」
「椅子がないだけで規定は二人だよ。ここから走って着いてくると言うなら止めはしないけど」
「乗ります乗ります、乗りますってば」
 確かに椅子がないだけで、天井までの高さは充分にある。椅子にできそうなものはキャリーケースしかないが、上に座って壊したら意味がないので、そのまま床に座る。後方にも窓があり、外が見えるのが救いだ。
「ヒソカさん、飛行艇の免許持ってるんですか?」
「ハンターライセンスって便利だよね」
 ……めちゃくちゃ心配になってきた。


続く。




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私用の飛行艇って何? プライベートジェット? それとも小型飛行機?(おおよそ後者のイメージで書いています)