環覚 010



 飛行艇ってあんなにスピード出るんだな……。
 見えるものは空か雲だけという高高度のスリルドライブを終えて、俺の感想はそれだけということにしておく。それから、酔い止めは気休めでしかなかったことも追記しておく。
「それで、どこに着いたっていうんですか」
 高いビルの上、ヘリポートのような場所に着陸した飛行艇から降り立って、俺はヒソカに訊ねた。
「天空闘技場だよ。ゴンがここに来るらしいから、少し先回りして待っておこうと思ってさ」
「そういうの、ストーカーって言うんですよ」
 俺の指摘はどこ吹く風、ヒソカは何かに思いを巡らせている。
メイは銀行口座を持っているかい?」
「持ってるわけないでしょ……あ、もしかして、俺の口座を資金ロンダリングに使うつもりですか?」
「間に合ってるヨ。キミ、時々ボクのこと小悪党みたいな扱いしてない?」
「そんなつもりでは……」
 公僕や善人の類ではないとは思ってます。
 エレベーターを呼ぶボタンはちょっと年季が入ってる感じ。天空闘技場、まあまあの歴史があるってことか。
「とにかく、口座が無いなら作りに行くかい? 天空闘技場にはいくつかの銀行の支店があってね。便利だよ。ハンターライセンスがあればすぐに作れるしネ」
「文字が書けない俺でも?」
「サインなら共通文字じゃなくても通るよ」
「えぇ〜、ホントに? まぁそこまで言うなら……」
 綴りをどうするかな、などと浮ついたことを思いながらエレベーターに乗りこむ。


 地上まで降りるのかと思っていたが、予想に反して少し降りるだけでエレベーターは止まった。200Fと書かれている。ここが噂の200階ですか。
 少し廊下を歩くと、ホテルのチェックインカウンターのようなところに出た。あ、これが200階の受付というやつか。
「やぁ」
「ヒソカ様、こちらがお部屋の鍵となります。ご連絡頂いた件、手配ができております。お連れの方が……?」
「うん、そう。何か必要なことがあれば彼に直接頼むよ」
 ヒソカは鍵をとって、すたすたと歩き始める。慌てて後ろを追いかける、前に、受付の女性と目が合ってしまったので、営業スマイルと共に会釈しておく。第一印象は大事だからな。

 200階クラスといっても選手の居室が全部200階にある訳ではないらしい。そりゃそうか。いや、全部200階にあると思ってたんだが……。
 エレベーターで少し階を登り、幾つもの部屋の入り口を過ぎたところにヒソカの部屋があった。鍵を開けて中に入る。キーホルダーを壁の穴に差し込むと灯りがついた。ビジネスホテルと同じ仕組みのようだ。
「うわー、広い。えっ、何なんですかこの部屋は」
 あぶない、知りすぎ感が出るところだった。
「天空闘技場の出場者に割り当てられる部屋だよ。ボクは200階クラスだから、広い個室が貸し与えられる」
「そういえば、はじめにエレベーターを降りた階も200階でしたね」
「なんだ、よく見てたね。
 ここは殴り合って勝てば賞金が貰える、ボクみたいなバトルマニアには楽園のような場所さ」
「確かにヒソカさんの為に在りそうな施設ですね……」
 荷物を端に置いて、部屋の探索をすることにした。入ってすぐの広い部屋にはデカい窓と、ソファ。左手の扉は水回り……だけじゃなくて、簡易キッチンまである。簡単なものなら作れそうだ。右手の扉は寝室。
「すごい、ベッドが二つある……もしかして、受付で手配とか言ってたのはこれですか?」
「ベッド一つでボクたちが一緒に寝るには無理があるからね。ついでにキッチンのある部屋にしておいたよ」
「すごすぎる……!」
 キッチンのついたホテルがあるという噂だけは元の世界でも聞いていたが、ここに存在するとは……!
「食事は基本的には食べに行くか、テイクアウトするかになる。150階がレストラン街だし、ちょっとした売店なら200階の受付の近くにあるよ」
「なんかデカい団地みたいな整いようですね」
「確かにね。
 じゃあメイ、行こうか」
「え? どこに?」


 あれよあれよという間に銀行口座を作らされ、ささっと天空闘技場にエントリー……あれ?
「ヒソカさん、待って」
「……なに?」
「今エントリーするのは良くないと思う」
 あれっ、ヒソカの反応がよろしくない。急いで二の句を継ぐ。
「ゴンがもうすぐ来るんでしょ? ヒソカさんは、此処ぞという時にカッコよく登場したい……んじゃないですか?」
 俺の話を聞いてくれる気になったらしく、ヒソカは目を細めてこちらを見る。
「ゴンが来るってことは、キルアも来るでしょ。あいつはカンがいいから、俺を見たらヒソカさんが此処にいるってバレちゃうかもしれない。それは面白くないでしょ」
「確かにね」
「それなら、俺が塔をウロウロするのはヒソカさんが登場した後の方がいいと思うんです」
「ふぅん……まぁソレでもいいか」
 おっ、聞き入れてくれたぞ。よしよし。
「じゃあエントリーはヒソカさんがゴンと会った後にしますし、それまでは出来るだけウロウロしないようにしますね」
 良いように言い分を並べたて、うまくヒソカの了承を得たぞ。まあ、俺が金を稼ぐには此処が良いだろうけど、金を稼ぐためにはまあまあの階でちんたらやってないといけないからな。
「ゴンに会ったら教えて下さいよ。此処で闘って勝てばお金もらえるんでしたよね? 此処に居る内に小遣いくらいは自分で工面したいですし」
「おや、そんな殊勝な心がキミにあったとは思わなかったな」
「おぅコラ俺は元々真っ当な勤め人やぞ」
「でも、ヒモの素質はかなり高いよネ」
「いやぁ、それほどでも」
「褒めてないよ」
 軽口を叩きながら200階へ戻る道を歩く。文字が読めなくても来た道くらいはわかる。
 はぁ〜、当面はこの塔で過ごすんだな〜。


続く。




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そんなシステムがあるのかどうかは知りませんが、キッチン付きのファミリー向けスイートルーム、独立ベッドルームがあってベッドは二つという部屋にしました。
いや、キッチンくらいあるでしょ、長期滞在前提だし……という気持ち。ふわっとした設定でしばらくお付き合いください。