環覚 011



 ゴンとキルアが天空闘技場に来たのはすぐに分かった。子供三人が快進撃云々という話で塔内ニュースが持ち切りになったからだ。ゴンとキルア、それからズシの三人だろう。
 その頃俺はというと、200階待遇を我が物のように受けながら暇を持て余す日々であった。利き手じゃないとはいえ、左手が使えないと暇を潰す手段がない。唯一の娯楽はテレビ視聴となってしまった。
「いやー、すごいですね、ゴンとキルア。もう100階で部屋もらってますよ。二人が来て、まだ3日目なのに」
 部屋のテレビは闘技場の専用チャンネルがいくつか設定されてある。100階クラスのチャンネルで超新星の子供達として二人の特集を放映していた。
「インタビューなしでもこんな長い時間特集組めるんですねぇ。さすが専門チャンネル、侮りがたし」
「あんなに勝ち上がる子供は珍しいからネ。テレビは視聴率的に特集し甲斐があるんじゃない?」
「それならもうちょっとVTRを長めにしたいから手数が欲しいですよね。ゴンもキルアもサービス精神が足りないんじゃないかな〜」
 俺たちはのんびり(俺が淹れた)紅茶を飲みながらの観戦である。テレビは喋るから、文字がわからなくても内容がわかりやすくて良い。
 ゴンとキルアは三日連続で試合をしているのに対して、ヒソカは闘技場に着いてからまだ試合をする様子はない。試合結果一覧みたいなやつを見ると昨年末に不戦敗を決めているらしい。それで次は三月まで試合しなくていいってことなのかな。
「そういえば、ヒソカさんは戦わないんですねぇ」
「準備期間はまだあるし、楽しそうな相手とじゃないとヤりたくないからね。ま、ゴンが200階まで上がってくれば、見せつけてあげてもいいかもしれないケド」
 それでも相手次第だね、と言ったヒソカの顔を鑑みるに、相手に心当たりがありそうだ。あのロン毛のスカした野郎、名前は確か、スカ…………カストロね。あぶないあぶない。
「ゴンたちが200階にくるまで、あとどれくらいかかると思います?」
「そうだね……まぁ、この様子なら一週間もかからないんじゃないかな」
「ふ〜ん? ヒソカさんは、二人が負け無しでバンバン上がってくると思ってるってこと?」
「200階未満なんて、ハンター試験の合格者が梃子摺るような相手じゃないよ」
 おっと、キルアの事は眼中に無い感じですか? それとも最終試験まで来てれば同じってことかな。
「俺でも勝てそうです?」
「……キミが、本気になれば。200階クラスも余裕だと思うケド。
 湿原でキミと戦えなかったのは、本当に残念だったな……」
 ヒソカはあの危険察知ブーストモードを俺の本気だと思ってるのか……。あれは奇跡の一回だった気がする。次に同じほど力が出るためには、ヒソカはちゃめちゃに怪我をするとかしないと……あれ? この人近々すげー怪我するのでは? 怪我っていうか、腕をちぎられちゃうよな。どうなっちゃうんだ。
「もうあんなのやりたくないですよ、俺は。
 あの力は俺が使いたくて使えるようなもんじゃないし」
「それ、もしかしてキミは念能力が自分の意思で使えないってことかい?」
「今は、多分……。指輪を嵌めた相手が危険な目に遭うと、救出するためにブーストがかかるんですよね」
「危険な目に遭ってからじゃ遅いよ」
「俺もそう思います……」
 自分が護衛だと主張するには役立たずすぎることが明確すぎて、悲しくなってくる。
「……ボクが起こしてあげようか」
「えっ、それこそ俺が危険な目じゃないですか?」
「加減くらい判ってるつもりだよ。試したことはないけど」
「骨折が治るまでは大人しくしてたいですね」
「つまらないなァ。ボクはキミとも闘いたいんだけど……」
 今の、絶対語尾にスペードマークがついてたな。深く考えないようにして、話題を変えよう。
「そういえば、骨折ってどれくらいで治るんですかね? 俺、骨折って初めてで、どのくらいで治るのかとか、よくわからないんですよね……」
「ボクだって知らないよ。医者にでもかかってきたら?」
「それもそうですね。後で受付に聞いてきます」


 ほどなくゴンとキルアの特集コーナーは終わってしまったので、受付へ話を聞きに行くことにした。場所が場所だけに、外科的にいい設備が整っているのではないかという期待がある。
「医務室、今空いているそうですよ。行かれますか?」
 受付のおねえさんに話をすると、すぐに電話をかけてくれた。思ってたよりかなりスピーディーで、ちょっと困惑する。
「あー、今、手持ちが無くて」
 今どころか無一文だが、こういう時はいいように取り繕うべきだ。
「200階クラスのサービス内で受けられますよ」
「そうなんですか? じゃあお願いします」
 すげえな、200階クラス。保険効きますよみたいな気軽さ。実際、似たようなものかもしれない。ファイトマネー無いっていうし。
 文字がうまく読めないことを伝えて簡易的な地図を頼むと、手慣れた様子でサラサラと描いてくれた。あと医務室の看板らしき絵もある。
「わかりやすぅい。ありがとうございます」
「いえいえ。お大事にしてくださいね」
 親切にしてもらったのが嬉しくてニコニコしながら廊下を歩く。結構人が居そうなのに、誰ともすれ違わない。みんな念の使い手だから、気配を察知して出会わないようにしてるのかも。
 受付の近くには、公共施設的なものが集まっている。
 すぐ近くには売店……というかコンビニがあって、たいていのものはここで買えるらしい。ホットスナックが美味しそうだけど、まだ食べたことない。というか今のところ、はじめに来ただけで買い物をしたことはない。
 トレーニング室もある。ヒソカが使いに行ったところは見たことないが、腕が良くなれば俺は行ってみたい。
 おっと、リネン室があるぞ。知らなかった。こんな奥は初めて来るな。地図によると医務室はもうそろそろな気がする。一番奥にあるのか……ああ、その奥は階段になっていて、アリーナ階の控え室に近いところのようだ。なるほどね。
 扉をノックして入ると、見慣れた町医者の待合室だった。
 受付に声を掛けると、すぐに診察室へ案内された。カルテとか書かないのかな? いや、書けと言われても書けないんだった。
 診察室の中には屈強そうな医者が待っていた。こういうところだし見た目がヒョロいと仕事にならないかもしれないが、圧がすごい。
 俺は案内された椅子に座り、骨折した経緯を簡単に説明した。それから、左腕の骨折だけで無く足の捻挫も気になっている事を伝える。
「うーん、腕のギプス一旦取るしか無いですねぇ。ちょっと切りますんで」
 レントゲン撮るにはそうなっちゃうよなぁ。とかのんびり構えてたら、腕ぐらいのサイズの回転刃がついた機械が出てきてめちゃくちゃビビった。
「こわ……」
「大丈夫ですよ、じっとしてて下さいね」
 ジュワーーーーンと不思議な音をたてながらギプスが切られていく。分割されパカリと取られると、新鮮な空気に触れる肌が喜んでいるのがわかった。
 少し触りますね、とギプスの中だった左腕をむにむにされる。外傷がすこし引っ張られて痛いが、思ったより痛くない。もう治ったかも。気が早いか。
 四肢も胴もバシャバシャとレントゲン撮影され、医者は写真を見て、うーん、と言った。
「どうなんですか」
「腕の骨折は、だいぶ良くなってと思いますよ。でも、もう一度ギプスかな……脱着できるようにしておきますから、入浴時には外してください。
 他のところは、骨に異常はないですね。随分ヤったと仰ってましたが、そこまで心配することはないと思いますよ。足の捻挫はまだ痛むなら、湿布と飲み薬かな〜」
 医者はカレンダーを見て、
「二週間後にまた様子を見せて下さい。ギプスが外れるまでは試合に出たりしないように」
 あっ、選手と思われてる。訂正するのも面倒なのでは〜いと適当に返事して、診察室を後にする。受付で薬をもらって、医務室を後にした。二週間後の件を忘れないようにしないと。


「というわけで戻りました」
 ことの顛末をかいつまんでヒソカに話したが、まぁ興味なさそうな声で相槌が何回かあるだけだった。
「次は二週間後に病院、と」
 卓上カレンダーにペンで丸をつける。これだけで忘れないといいけどな。
「二週間後から、君も試合に出るかい?」
「あ、そうか。ヒソカさんの劇的登場シーンが終わってて、腕も良くなってたら、そろそろやらなきゃいけませんね」
 というか話ちゃんと聞いてたんですね。というのは胸中に仕舞っておく。
「ってことは、申込書を書かなくちゃいけないのか……」
「大したことは書かないよ。名前と格闘歴と、あと口座情報かな。
 一緒に書きに行ってあげようか?」
「え! いいんですか、是非お願いします」
「……じゃ、二週間後ね、覚えておくよ」
 こんなこと手伝ってくれると思わなかったぞ。ラッキー。ヒソカに指輪をつける話になってから、闘技場の下の方の階で勝ったり負けたりしてればお金が貯まるのではという皮算用をしていたのだ。名誉にも最上階にも興味は無い。


続く。




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ギプスって大変そうだなぁ(他人事)
どうして骨折させたんだ、私の考えなし……