環覚 014



「制限時間は3分間。それでは、始め!」
 審判の掛け声とともに、俺のことを鼻で笑った相手は突っ込んできた。まーそうだろうと思ってました。すぐに左へ跳び、初撃を躱す。俺が避けることは予想していたのか、相手がよろけることは無かったが、空いてるんだよな! 脇が!
 下から打ち上げるように拳を繰り出す。浅い。思ったほどの攻撃力は出なかった。相手は二、三歩よろめいたがそれだけで、すぐに体勢を立て直そうとしている。追撃しなくてはならない。
 意識的に誰かを己の拳で殴るというのは緊張する。いくぞ、いち、にの……さん!
 握りしめた右の拳で、思いっきりボディブローを喰らわせる。男は少し呻いて、ドサリと倒れた。
「勝負あり! 1537番は40階へ」
「はぁ〜い」
 紙を受け取って、喧騒の中40階へ行くためにエレベーターへ向かう。
 いや〜、なんか疲れたな……一発も貰わずになんとかなって助かった。たしか十階刻みでランク分けされてるんだったっけ。ゴン達より一つ低いが、まぁのんびりやれる分いいでしょ。目的に適ってる気がする。
 フロアの端まで来たところで、ヒソカが立っているのが見えた。
「わーお。ヒソカさん、本当に見てたんですか」
「もちろん。相手が悪かったね、あれじゃあつまらない」
「いいじゃないですか、楽してお金もらえるなら。いや、楽じゃないですけど……あれだけなのにめちゃくちゃ疲れました……」
「緊張のし過ぎだよ。もっと自然体で戦えるようにならないと」
「正直、お金だけ欲しいですね」
「次は何階なんだい?」
 俺の本心からの発言は無視されてしまった。
「40階です。先帰ってます?」
「ま、見たいものは見たし、そうしようかな。
 今日はまだ早いしもう一戦あるかもね。こんな低層階でわざと負けたりしないでくれよ、ボクがつまらないから」
「まぁ流石に、二戦目でわざと負けたりはしませんけど……」
 そう返すと、ヒソカはにっこり笑ってさっさと200階へ行くエレベーターに乗っていった。さすが戦闘狂、分かりやすいぜ……。
 俺は低層用のエレベーターへ乗り込む。40階へは意外と素早く到着した。もしかして本当に10階分ある訳じゃないかもしれない。
 受付へ紙を渡して、152ジェニーを受け取る。この後もう一度試合があるので待合室で待機するようにと言われたので、自販機でジュースを買って飲むことにした。
 ラインナップを見るが、何味なのかさっぱりわからない。あ、右から2番目のこれは多分コーラだな。でも俺はコーラ好きじゃないんだよ。コーヒーや紅茶があれば助かるんだけどな。百歩譲って炭酸水……。
 一番飾り気のなさそうな、それでいて何か味のしそうなやつを選ぶ。プシュッと缶を開けると、シュワシュワという音と甘い香りがする。よし、サイダーだ。なんか……なんか味がするけど何かはわからない。三ツ矢サイダー謎味といったところか。意外と美味しい寄りなのでヨシ。
 飲み終わってのんびりしていると、名前が呼ばれた。
メイメイ様、ライオネル・フェッツィオ様。43階B闘技場へお越し下さい』
 数字や矢印などのサインが多くて迷子にならない造りに感謝しつつ、呼び出されたところへ向かう。闘技場の中に入ると、対戦相手が話しかけてきた。
「やぁ……メイ選手、だったかな。よろしく頼むよ」
 頑丈そうな体に柔和な笑顔。ピチッとした服。……なるほど、自分に自信のあるタイプだな。めんど。
「えーっと、ライオネルさんだったっけ? よろしくね。
 俺こーいうの初めてだからよくわかんないけど、直前に和気藹々と喋ってていいもんなの?」
 どうしても陰のものとしての卑屈さが出てしまう。ラグビー部主将みたいなタイプは苦手だ。
「私はいいファイトをして互いに高めあいたい。憎しみ合うために来たわけではないよ」
「ふーん」
 気持ち悪いほど脳筋で、自分が優位だと確信している返答だ。あ〜、やだやだ。
「ま、ポイント制だし、殺し合いじゃないもんね。よろしく〜」
 さっさと話を切り上げてリングへ上がると、まずはコレがなくてははじまらないといった勢いでオッズが発表された。そうだった、そういうシステムだった。勿論俺の方がオッズが高い。つまり人気は相手の方が高いということだが、俺も観客なら相手の方にかける気がする。それは認めよう。
 それにしても、こんな新人戦みたいなところでも賭けが成り立つんだなぁ。観客も結構居るし。
「それでは試合開始!」
 審判の掛け声と共に、俺は地を蹴った。舐めてる相手にはさっさと仕掛ける方がいい。
 相手が守りの構えをするが、そんなものは関係ない。動かず受け止める気ならそのまま……殴り飛ばす!
 渾身の集中を持って右の拳を叩きつける。ライオネルが俺の拳を受けきれず蹈鞴を踏んだのを見て、追撃をする。足を上げて前に突き出すように蹴る。足裏全体で力を込めて蹴ると、今度は蹈鞴では済まず転がっていった。
 ざまあ。
 ……いや、今のは少々ガラが悪かった気がする。よく考えたら、ほぼヤクザキックじゃないか。でも回し蹴りとかより成功率が高そうだったから……。
「クリティカルヒット、ダウン! メイ選手、3ポイント!」
 あれでクリティカルがもらえるとは幸先良いが、10ポイントまで取らなきゃいけないのは大変だぞ。
「ぐ……」
 ライオネルは小さく呻きつつも、なんとか立ち上がってきた。
 審判にまだやれるのか確認をとられているが、まだやる気みたいだ。勘弁してほしい。
「あのまま気絶してくれれば有り難かったんだけど」
「やられっぱなしじゃ……つまらないからね!」
 今度はこちらの番だと言わんばかりに、ライオネルが拳を繰り出してくる。半身を引いて避けて、避けて、手で払って、避けて。意外と隙がなくて面倒臭いぞ。
 こっちからも反撃しなくてはならない。リングの端が近くてなんだか嫌な感じだが、わざと横へ大きめに避けてみる。相手は勢い余って落ち……たりはしないが、動きが止まったぞ。今だ!
 どこでもいいから当たれ!と意気込み、俺はもう一度ありったけの気合を込めて右の拳を叩きつける。なんか硬いところに当たった気がするが気にする余裕はなく、渾身の力のまま腕を振り抜く。
 やや背中側から俺に思い切り殴られたライオネルは思ってるより派手にリングから落ちていき、今度はぐったりとして動かなくなった。
(し、死んだ……?!)
 最悪の事態が頭を過ぎる。しかし審判が駆け寄ると、意識を失っただけだということがわかった。あぶねー! 自分がそんなに力あるとは思ってなかったんだよこっちも!
「戦闘不能により、メイ選手の勝利となります!」
 ワーワーと盛りあがる観客席と対照に、俺は安堵の気持ちでいっぱいだった。嘘。右の拳が痛い……。作用反作用の法則が憎い。

続く。




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闘技場で売ってそうな缶ジュースって何でしょうね? やっぱポカリとかかな。
フルネームで登場のライオネル選手ですが、再登場の予定はありません。