環覚 015
40階での試合を終えて事務手続きをする。事務の人に言われるがままに記帳してみると、日本の宅配ピザなら余裕で買えそうな賞金が口座に振り込まれていた。このあたりのピザの相場は知らない。
「随分とお楽しみだったみたいじゃないか」
中継を見てたよ、とヒソカがめちゃくちゃニコニコしながらリビングで出迎えてくれた。え、なに、怖すぎる。
「あのですねヒソカさん、楽しんでないんですよ」
「そうかい? 序盤のキックとか良かったじゃないか」
「あれどう見てもヤクザキックだったじゃないですか、恥ずかしい……」
「あのキックで3ポイントも取っておきながら何を言ってるんだい」
効果があったのが余計に恥ずかしい。ガラが悪い人間の類と思われるのは心外だ。
「相手がムカつくタイプの奴だったんで頑張ってみましたけど、いや〜、楽しくないですね。殴ったらこっちも痛いし」
「8月末まではここにいる予定だし、楽しまなきゃ損だよ」
「損と言われても……そうだ、幾つか訊きたいことがあるんですけど」
何事にも先達はあらまほしきことなり。先達ならここにいるのだ、訊くだけただの精神でやってみよう。
「そうだな……3つまでなら答えてあげよう」
急にシリアスみを出さないでほしい。
「意外とケチですね。まぁいいか。
人を殴るとこっちも痛いんですけど、なにか素人でもできる対策はありますか?」
「無い」
即答だった。ヒソカも痛いと思いながら殴ってるってことか?
「というか、それは手応えという部類だと思うけど」
「あ〜、手応え。そんな単語もありましたね」
考え方次第ということか。そういえば、殴った拳はもう痛く無い。怪我をしているわけじゃ無いからいいということかな。
「じゃあ二つ目を。
対戦相手を殴るとしたら、どこを攻撃するのがオススメですか? 骨に当たるとこっちも痛いだろうし、かといって腹部ばかり狙っていたら対策されそうだし……」
「無難なことを言えば、やっぱり腹かな……内臓への負担が大きい方が相手のダメージになりやすいし、吹っ飛ばしやすい。頭部は決まるとでかいけど、ガードされやすい。顎は狙えるなら試してもいいけど、間合いが広いと初心者には難しいんじゃない? 金的は……僕は楽しく無いからやらない」
「え、金的って審判に怒られたりしないんですか?」
「それは3つ目になるけどいいかい?」
「えっ、あ〜、じゃあ無しで……」
「今回だけだよ」
ルールに関することは後で受付や審判に聞けばいいもんな。クラスが違うヒソカに聞いてもあまり意味がない気がするし。
3つ目は、え〜っと、なんだろ。何か聞きたいことがあった気がするんだけど思い出せないな……でも折角だし、何か聞いた方がお得だよな。
あ、そうだ。
「ヒソカさんって、甘いもの好きですか? ケーキとかクッキーとか」
自由になる金が手に入ると言うことは、ヒソカに頼み込まなくても嗜好品が買えると言うことだ。ケーキとか食べたい。俺は甘いものが好きだ。
対するヒソカは、何を言われたのかわからないかのようなキョトンとした顔をしている。
「何が……なんだって?」
「甘いものですよ。俺、結構ケーキとか好きなんです。お金が手に入ったなら買いに行きたいと思ってたんです。それで、ヒソカさんは甘いものイケるタイプなのかなって気になって」
「うーん? まあいいか。3つ目として答えるけど、あれば少しは食べる程度かな」
そういえば初めの喫茶店でもブラックコーヒーを飲んでいたし、その後もなんだかんだ甘いものを飲んでるところは見なかったかも。
「嫌いじゃないなら安心しました。男が食ってると奇異な目で見てくるならまだしも、訊いてもないのに『うぇ〜、オレ無理ー』とか言ってくるやつ多いんですよね」
幾人か顔が思い浮かんでしまったので、とりあえず頭の中でグーパンして吹っ飛ばしておいた。
「そんなことより、明日から毎日出るのかい?」
「あ、自分で選べるんですか? 強制だと思ってた……」
「説明聞いてなかったみたいだね。200階より下は受付してからマッチングが決定する仕組みだよ。特に理由がない限り三日に一度は試合をしないと部屋を追い出されるけど」
「そんな……そんな仕組みでしたっけ……? なるほど、全然聞いてませんでしたね」
口頭じゃなくて文書での提示だったら読んで無いからわからない。
「まぁ、他にやることないというか、お金も欲しいですし、仕事と思って週5くらいでても良いですね」
不服そうなヒソカの目。
「はやく200階まで上がってきなよ」
「ヒソカさんに念もまともに使えない奴をいたぶって遊ぶ趣味なんてありましたっけ?」
「キミなら楽しいかもね❤」
「謹んでお断りさせていただきます!」
続く。
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細かいルールは捏造してます(宣言)