環覚 017
そんなこんなでやってきました、カストロ戦。いろんな意味でこわい……。結局俺の暴走を止めるための手段はヒソカ任せだから、どんな姿にされるのかわからない。
試合は夕方からとのことだった。テレビ中継もするから、所謂ゴールデンタイムに相当する時間で放送したいだろう。
薄れてきつつある漫画の記憶をたどる。ヒソカが腕を千切られたりトランプ撒いたりしてたが、そんなに長い印象もない。一時間かそこらではないだろうか、と適当な予測をする。
そわそわしながらもその日一日をいつも通りに過ごしていると、ヒソカが声を掛けてきた。
「メイ、そろそろ準備をしようか」
ヒソカの声があまりにもいつもと同じ声なので、ちぐはぐな気分だ。
わかった、となんとか声に出し、立ち上がる。先を行くヒソカはダイニングの椅子を一つ取り、寝室へ入っていった。俺もついて寝室へ入る。
「じゃあ、座って」
そう言ってヒソカは持ってきた椅子を無造作に置く。この椅子に縛りつけるということなのだろう。本日何度目かの覚悟を決めて椅子に座る。こういう時に限ってギッと鳴く椅子が恨めしい。
そんなことを考えていたら、ヒソカはいつの間にか縄の束を持っていた。ただの椅子とただの縄で指輪の力がどうこうなるとは思えないんだけど、この縄に何か秘密があるのだろうか。
ヒソカに言われるがままに手を後ろに回すと、そのまま両腕を縛られた上で椅子に固定された。足はそれぞれ椅子の足に縛り付けられ、固定されていく。
「ヒソカさん、縛るの、うまいね」
動けない割に窮屈でもない具合だ。胴のあたりも椅子に固定されていくが、想像するほどは苦しくない。
「まるで他の誰かに縛られたことあるみたいな言い方だね。次は口を開けて」
素直に従うと、縄を噛まされて猿轡になった。これは苦しいぞ、息がし辛い。
服の上からとはいえ、縛られて身動きできないというのは、かなりの羞恥心だ。試合が始まる前に燃え尽きそう。
ヒソカは頬を撫でてから、「いい子でまってるんだよ」なんて言って出ていく。なんだそれ。
寝室にテレビはない。椅子はちょうど二つのベッドの間に置かれ、時計は俺の真後ろだ。窓があるが、もう日すぐ日が落ちる。そこから先の時間の経過はわからない。
足を開いた形で固定され、部屋に一人で残され、俺は本当に何かのプレイをされてる気になってきた。
だが、すぐにそんなことを言っていられなくなる。
試合が始まったのだ。
詳しい経過は忘れてしまったが、ヒソカは早々にかなりの拳を受けるし、腕だってちぎれる。
戦っている間、ヒソカが冷静だからこそ、俺は感情をむき出しにして暴れようとしてしまうだろう。
ズン、と重い衝撃が来た。指輪が熱い。指が焼け落ちるかのように、熱い!
だが、俺は椅子の上で身を捩じらすことしかできない。縄は緩む気配はなく、これは縛るのが上手いんじゃなくて縄に何か細工があるのだろう。
次第に体の熱が増す。さてはまた何か傷を負ったな。指輪の熱に身を焼かれながら、俺はフゴフゴと声と息を漏らしながら、体をゆする。脈打つ心臓の音がうるさくて、そうでもしていないと正気を保てない。
だが、どれだけ暴れても縄は緩まない。涎が口の中から溢れてくる。気持ち悪いが、後ろ手で縛られていて、拭うこともできない。
やがて涎は縄を、顎を、そして垂れて服を濡らす。初めは熱かったよだれも、次第に冷め、体温との差でものすごく冷たく感じる。
身体中の熱に耐えかねて、両目は涙を分泌し始めた。顔はよだれと涙と汗でグズグズになっているだろう。
体からシュゥシュゥとオーラが攻撃的に噴出しているのがわかる。このまま死んでしまうかもしれない。噴出したオーラが円のようにじわじわと広がって、ヒソカの戦っているところへ行こうとしている。それだけはダメだと必死に抑えながら、いろんな汁が体中から出ているのを感じていた。気化熱で体を冷まそうとしているのだろう。
永遠とも思える時間が、どれだけ続いただろうか。やっとヒソカの気配が近付いてくるのがわかった。試合が終わったんだな。
マチの縫合はまだか。
早く部屋へ帰ってこい。
帰ってきたなら風呂入らずさっさと迎えに来いバカ。
早く。早く。
この体中の熱を収めたい。死んでしまう。
寝室の扉の前まで来たのがわかる。
じらすな、早く開けろ。
やっと扉があく。それもゆっくりとだ。
向こうはやけに明るくて、暗がりに慣れた俺の目にはきつい。逆光の中、偉丈夫のシルエットだけがわかる。
「いい子にしてたかい、メイ」
はいはい、と呆れた声でヒソカが返事したかと思うと、部屋の反対側の机に置いてあったティッシュをバンジーガムで取り寄せた。
「贅沢な使い方ですね」
「見えるのかい? 確かに今のは隠してなかったけど」
……。そうだ。何で見えるんだ?
「その垂れ流しというか、大放出してるオーラ、早く止めたほうがいいと思うけど」
「え、なんでまだオーラが? 指輪の確認は終わったけど」
危機信号を受け取れば指輪から念が使えるようにオーラが噴出してる、無事を確認すれば納まる、と考えてたんだけど……。
「キミ自身のじゃないのかい。早く止めないと死ぬよ」
「えー……マジで?」
体がだるい、のは、もしかして、その所為?
「抜くよ」
ずるり、と出ていき、そのあとからだらだらと垂れる気配がする。
そりゃそうだ、俺のケツ穴は今真下を向いている。重力に逆らわずに落ちていくだろ。ヒソカは俺を押しのけてベッドから立った。自分に垂れてくるのは嫌か。垂らしている俺も嫌だぞ。
「あーもーティッシュティッシュ、きもちわるい」
遠慮なく抜いていくものだから、だらだらと垂れていく。尻をつたっていくのがわかり、本当に不快だ。
「はいはい」
また呆れた声だ。自分は関係ないからって。くそう。
「つかれた、から、寝たいんだけど。寝たら死ぬかな」
自分の始末をしていたヒソカにそう聞くと、
「そのままだと、死ぬかもね。ンー、そうしたら、ボクはどうなるんだろうねェ」
そのことを考えてなかった。
「いや、死ぬ気はないから」
ヒソカからのアドバイスを諦めて、俺は漫画を思い出す。自然体、自然体……。
そのまま寝そうだ。ゆっくり、ゆっくり。
あー、もう。眠い。
続く。
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これで主人公も念を使えるように……なった?
ヒソカ篇で一番書きたかった場所が書けてとてもうれしいです。