環覚 018



 目が、覚めた。
 どこだ、ここ…………いや、そうか、天空闘技場のヒソカの部屋か……。
 体を起こすと、体の上にシーツが掛けられていたことに気付いた。ヒソカが掛けてくれたのかな。風邪ひかなくて済んで助かる……助かる? なんか感謝するのも癪だな。誰の所為だと。まあいいか。
 ヒソカ……は、寝室にはいない。指輪も何も言ってこないし、まーリビングには居るのかな。
 汗やら何やらで全身ベタベタだし、めちゃくちゃ腹が減ってんな。とりあえずシャワー……。
 あ。
 着る服がない。
 いや、あるにはあるけど、ハンター試験の時に着てたやつだな……。洗ってはあるけど、ちょっとクタクタになってるんだよな。着るしかないけど。とりあえずパンツだけ持っていこ……。
 いろんなことを考えるのを諦めて、全裸のまま下着だけを持って寝室を出る。ヒソカがリビングに……いると思っていたが、姿が見えない。知らない間に遠くに行った感じもないんだけど。まぁいいか。顔を合わせても何を話せば良いのかわからないので、ちょうど良い。


 全身を洗いまくってさっぱりした。次は食事だとあれこれ思案しながらリビングに戻ると、ヒソカがソファで新聞を読んでいた。居なかったわけじゃないのか……。
「お、おはようございます」
「おはよう、メイ。無事に目が覚めて良かったネ」
「それは本当にそう…………いや、そもそもヒソカさんの所為では?」
「心外だな、キミだってその気だっただろ?」
「え? あれは最早ヒソカさんに無理矢理起こされた的なやつでしょ」
「……嫌だったかい」
「ん〜、まぁ、いつか自分の意思で念を使えたら良いだろうなとは思ってましたけどね? ちゃんと目が覚めて本当に良かっ……ヒソカさん?」
 今一瞬すごい顔してなかった?
「それより随分と素敵な格好だね、メイ
 なんか誤魔化したなコイツ……。追求するのも面倒だからほっとくか。
「誰かさんが、せっかく買ってくれた一張羅を切り刻んでくれたおかげで、着る服がないんですよ。今から古い服をカバンから出しに行くところです」
「でも、楽しかっただろう?」
「……ノーコメントで。
 お腹も空いたし新しい服も欲しいし、ちょっと天空闘技場の外まで出かけてきます」
「おや、つれないね。僕も連れて行きなよ、奢ってあげるし」
「えぇ〜? うーん、じゃあなんか一般人みたいな変装してくれるんなら……いいですけど……」
 変装って言っちゃった。ただ服を買いに行きたいだけなのに変な注目を浴びたくない。
「いいよ、そのくらいの条件なら飲もうじゃないか」
 ヒソカはニコニコしながらあっさりと了承した。えぇ、断られる前提だったんだけど……。
「折角だし、外で待ち合わせにしないかい。闘技場の一階正面玄関がちょうど良さそうだ」
 じゃあ後でね、なんて言いながら、上機嫌でバスルームへと入っていった。
 ヒソカの機嫌がいいなら、それで良いか。奢ってくれるらしいし、甘えてしまおう。
 我ながら図太い思考だと思いながら、寝室へ服を取りに行く。部屋の隅に置きっぱなしのスーツケースを引き摺り出して、中からしまいっぱなしだった服を取り出す。ハンター試験の時に着ていたスーツだ。クリーニングに出したとはいえ、約二週間の酷使でくたびれ感は否めない。試験中は気付いてなかったが、所々に引っ掻き傷や擦り傷とみられるほころびがある。
 とはいえ着るのに支障は無い。サッサッと着替える。
 部屋を出ると、バスルームから水音が聞こえる。なるほど、出かける前にシャワー浴びたいもんな。
「ヒソカさん、俺は先に出てますねー」
 脱衣所の入り口から声を掛けて、指定された待ち合わせ場所へと向かう。200階から1階への移動は、いくらエレベーターが直通といえどもなかなか時間がかかる。何年か前に、ヘルプの出向でデカいビルに出勤してた頃のことを思い出すなぁ。エレベーターは朝も昼休みもぎゅうぎゅうの地獄だった。3ヶ月で解放されて心底喜んだものだ。
 そんなことを考えている間に下まで着いた。正面玄関……の脇でいいか。
 受付はエントリー希望者で今日も長蛇の列が形成されている。列が少しずつ進んでいくのを見ながら、俺は壁に凭れてヒソカを待つ。希望者の列は意外と進むのが速いな……などと考えていると、一瞬、何処からか奇妙な気配を感じた。
 今のは、何だ?
 視線をぐるりと周囲へ向ける。体は起こさない。過剰な反応を見せるともう正体は掴めないだろう。受付に並んでいる人の列……通りを挟んだ向かいの店……歩く人たち……もっと目を凝らせ……少し離れた店の前にいる、異様に気配のない男。あいつか? 背の少し高い、金髪の、人の良さそうな……
 ヤベッ、今明確に目が合ってしまった。
 ニコッと笑って手を振っておく。こっちに敵意はないという意味、なんだけど、伝わるかな。
 相手は少し驚いた顔をして、それからあっちも手を振って、歩き去っていった。
 ……今の男、念の使い手だな。しかもかなり手練れの。ん? なんか誰かに似ていたような……
「ボクがいない間にナンパかい?」
「!!!」
 急に声をかけられ、驚いて振り向くと美丈夫が一人立っていた。
「うわー、びっくりした……、あの、ヒソカ、さん……?」
 こんな背の高くてガタイの良い男は、間違いなくヒソカだ。ヒソカだと思う。
「ボクを忘れるほど待たせたかい?」
 色素の薄い金髪を無造作に下ろし、明るい色のジャケットに折り目のあるスラックス。カジュアルめだがシックな色合いの革靴。さりげなく織りで柄を表現している上品なシャツ。
「いや、そんなに待ってないけど……何? 今から雑誌の撮影ですか?」
「何を言っているのかよく分からないな」
「バッチリ決まりすぎててカッコ良すぎません? 俺、安物のスーツなんですけど」
「デートなんだからオシャレくらいするさ。ほら、行くよ」
「え? あ、ちょっと待って下さいよ!」
 今サラッとなんか変なこと言わなかった?
 疑問を挟む余地なく、ヒソカはスタスタと歩き出す。俺の用事なのに置いて行こうとしないで。あとどこへ行くのか説明を……無理か。指輪をはめてから一度もまともな道案内をしてもらったことはない。
 それにしても、なんていうか、奇抜な服とは違う意味で目立っている。街ゆく人々の視線が一旦ヒソカに集まるのがわかる。世間に溶け込む感じのを期待してたんですけど。そして隣の俺を見て、なんかしらんがサッと逸らされてる気がする。え、そんなにみすぼらしい格好ではないはずなんだが?


続く。




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都合の悪いことを都合よく聞き流す耳っていうのは、社会人の必須スキルですので。